「藤内、はっぴーばれんたいんー」
「わあ、ありがとう」
貰える、とわかっていてもやはり嬉しい。 ランドセルを置いた藤内は両手で、可愛らしくラッピングされたチョコを受けとる。
数馬は紙袋に残るラッピングを見て、心臓が逸るのを感じた。
…渡せるだろうか、少し不安になる。
さーくーべ、と軽い調子で名前を呼ばれて、溜め息をつく。
作兵衛が振り向くと、そこには三之助がいた。 手にはクラスの女子一同から配られた小さなチョコが握られている。
「その鞄の中のはどうしたんだ? いつの間にもらってんだよ。」
抜け駆けだ〜、と言う三之助は、のしりと作兵衛にもたれ掛かる。
「おっも! ちげえよ、これは……」
「数馬にやるやつだよな、作兵衛!」
割り込んできた左門の言葉に、作兵衛は途端に顔に熱が集まるのを感じた。
「へえ、作兵衛が逆チョコねえ。」
休み時間で遊びに来ていた孫兵がにやと笑う。
三之助も作兵衛にもたれ掛かるのをやめて、その顔をまじまじと見た。
「や、これは、いつも貰ってばっかで、わるいから、その…っ」
「言い訳は見苦しいぞ、作兵衛!」
左門の言葉に、作兵衛はぐ、とつまる。
「渡せるといいなあ。」
にかっと笑う左門に含みはなにもない。
それを見てとって、作兵衛は赤い顔のままゆるゆると頷いた。
「数馬、不運だね。 転んで頭うって脳震盪とか。 …もう大丈夫?」
「うう、大丈夫。 チョコが無事でよかったよ。」
転んだところまでしか覚えていない数馬は、自分の部屋で目を覚ましたことに驚いた。 数馬の家は共働きで、家の人が誰もいないから、教師が車で送ってくれたんだよと説明してくれたのは藤内だ。
枕元に置かれた紙袋の中身を確認して、数馬はほっと息をついたけれど、その表情がふいに曇る。
「でも、今日中に渡せなくなっちゃったなあ。」
「あ、それなら平気。 あいつら見舞いに来るって行ってたから。」
「ええっ」
数馬が驚きの声をあげたのと、玄関のチャイムが鳴ったのは同時だった。
「あ、俺出るわ。」
藤内は立ち上がって部屋を出ていく。 その後ろ姿を呆然と見守ることしかできなかった。
「数馬、大丈夫か?」
「うん、もうなんとも。 来てくれてありがとう。」
数馬が申し訳なさそうに笑えば、一同は安堵して頬を緩める。
「で、早速ですが、数馬さん。」
三之助が期待を込めて、紙袋を見ている。 目敏いなあ、と数馬は苦笑して、ベッドから降りると、スカートの皺を伸ばす。
「ハッピーバレンタイン!」
「おおおおおっ」
一人一人に渡せば、一様に嬉しそうな顔をする。 手作り?と聞く孫兵に頷いてみせると、また嬉しそうな歓声が上がった。
「はい、…作兵衛。」
最後に、緊張を悟られないように作兵衛へと差し出したけれど、作兵衛はすぐには受け取ってくれず、数馬は心臓が嫌な音をたてたような気がした。
「あ、やっぱり、甘いのはいらない?」
無理に笑顔をつくって差し出した手を引けば、はっとしたように、作兵衛がその手をつかんだ。
「やっ、いるっ …お、おれからも、あるんだ。」
え、と数馬が思わず口に出せば、作兵衛は赤い顔をしながらも、チョコを受け取って、自分の鞄を開ける。
シンプルな茶色い、薄い箱を取り出して、作兵衛は数馬に差し出した。
「い、いつも、貰ってばっかだし、数馬、チョコ好きだし、その、美味くねえかもだけど、」
「も、もらっていいの?」
「! おう!」
つ、と数馬がチョコを受けとると、作兵衛はほっと息をついた。
数馬は嬉しそうに目を細めて、ありがとうと告げる。
「嬉しい。 ふふ、男の子にチョコもらったのはじめて。」
「おれだって渡したのはじめてだ。」
緊張するもんだな、と作兵衛が笑えば、数馬も、そうでしょう、と笑う。
「作兵衛よかったな! 数馬、それ作兵衛の手作りだぞ!」
「えっ?」
「てめ! それは言うなと…っ」
「そうそう、いじらしいよなあ。」
驚く数馬をよそに、作兵衛は迷子へと、突っかかっていく。
「ほら、数馬。 作兵衛のだけ、市販の煎餅になんかしなくてよかったろ?」
「え、なにそれ、」
数馬の肩に手を置いて言う藤内に、孫兵が疑問を漏らせば、藤内が苦笑した。
「作兵衛、甘いの苦手だからって、数馬考えすぎちゃってさあ。」
その会話が聞こえた作兵衛は、前に藤内が「作兵衛は俺を崇めてもいいレベル」と言っていたのを思い出す。
あれはこれだったのか。
胸の内で、藤内さまーーー!!!と思わず叫ぶ。
もし、自分だけ市販の煎餅だったら、もう立ち直れなかっただろう。
「だって、チョコだと受け取ってくれるか不安だったんだよ。」
ふくれたように言う数馬は、作兵衛の方を向いた。
「本当に、それで、いい?」
その問いに、作兵衛は首をぶんぶんと縦に振る。
「こ、こっちのが、ずっといい!!」
受け取ったチョコをしっかりと握って言う作兵衛に、数馬は目を丸くして、やがて嬉しそうに蕩けるような笑顔を見せた。
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