<三之助>
みんな、気にしてはいたんだ。
だっておまえら、仲良かったじゃないか。
何が原因で仲違いしたんだろうって、思ってた。いや、仲違いとは違う。だってお互いを嫌った風ではなかった。
作兵衛はずいぶん無理して見えたし、それは数馬もだ。
何回か、作兵衛のいない集まりに、数馬は顔を出したことがある。
記憶の通りに、へにゃりと笑った数馬は、作兵衛に元気だよって伝えてよと、酒を飲む合間に言った。
数馬が作兵衛に会わない理由は、実は生まれ変わって再会した今でもわからない。きっと作兵衛にも本当のところはわからないのだろう。
でも作兵衛のいない場所で嬉しそうに作兵衛の話をする数馬は、嫌ったようには見えなかった。
理由があったのだろう。数馬にとっては譲れない、でも多分、おれたちにとってはくだらない理由が。
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三之助は、数馬の頭を見下ろしてのんびりと口にする。
開け放した窓から、秋の風が入り込んできて土煙の匂いを運んできて、どこか懐かしさを覚えるそれに目を細めた。
「数馬、作兵衛と左門探そうよ」
「三之助、そもそもはぐれたのは三之助が原因だってわかってよね」
「数馬が二人から目を逸らしたのも原因だと思うよ。…なあなあ、どの辺に行ったかな」
「……作兵衛は、ぼくたちがいない事に気づいた場所には、もういないよね。待ってるってできないもの。この校舎窓から外が見渡せるから、すぐには屋上にも外にも出ないと思う。そうなると、この三階からくまなく探してるんじゃないかな。まずは元来た道を戻って。ここは人通りの多い通路だし、えと、うん。ここにいればすぐ見つけてくれると思う。探すんじゃなくて待ってよう」
数馬はそう言って三之助の手をぎゅっと握り、人通りを避けた窓際で、前を見た。
どこかへ行かないように、と言うのが数馬の手から伝わってくる行動に、三之助は少し呆れる思いになる。
これは全て室町の六年間をお互いに承知しているからで、当然の行動なのだけど、それで面白くないと感じる人間がいる。
更に呆れる事に、その人間……作兵衛は、自分達にその思いを隠せているつもりなのだ。
隠す前の、その表情は何よりも正直で、どうしてそれで隠しおおせていると信じられるのか、三之助には全くわからない。
今、手を繋いでいる数馬も、どうして作兵衛の気持ちに気付かないのか三之助には理解できなかった。
黙ってしまった三之助に、数馬は少し居心地が悪くなったようで、握った手を少しゆるめるけれどすぐに思い直したように、またぎゅっと握ってくる。その手から、何故か緊張が伝わってきた気がして、数馬を見やると彼女は息を吐ききり足元を見ながら、固い声で三之助の名前を呼んだ。
室町の頃の記憶より、高い細い声にももうすっかり慣れた。女子である数馬に違和感を覚える事はまだ、実は少しあるけれど。
「なに?」
「…三之助、この前さ、避けてたかって聞いてきたよね」
数馬からその話題をふってくるとは思わなかったから、目を見開き数馬の少しうつむいた横顔をまじまじと見る。その表情には後悔が浮かんでいて、どこか落ち着かない気持ちになるから、振り払うように繋がったままの手をぶらりと揺らした。
ゆらゆらと揺れる手を数馬はそのままにして、やがて、ポツリと言葉をおとした。
「ぼくなりの、決意で、作兵衛と友達でいたくて、そうしたんだ。……でも、作兵衛はやっぱり、ぼくのことを裏切り者みたいに、思ってたかな」
その声が泣きそうに聞こえたから、三之助は腰を屈めて数馬のふくふくとした顔を覗き込む。
数馬は、ただ、太い眉をしかめていただけだ。
いつだったか、きっと、室町の頃だ、作兵衛が、数馬は泣かないのだといっていたことを思い出す。
――泣かねえんだ。おれの前ではぜってえ――
ああ、この二人は本当にどうしようもない。三之助は数馬には目を向けずに、頭の中の、作兵衛の悔しげな顔に向かって少し笑った。
「作兵衛は、数馬に弱みを見せて貰いたかったみたいだったけどな」
「え、」
質問の答えではない返事に、数馬は顔を上げてきょとんとした目を隣に向ける。
「作兵衛はさ、恨むような奴じゃないよ。ただ、理由を知りたがっていて、言いたい事があるみたいだった。 何を言いたかったかまではわからないけど」
くるりと丸い目が戸惑うように、けれどまっすぐに見つめてくる。
三之助には、作兵衛の気持ちがある程度わかっても、数馬の気持ちや考えている事はわからない。
ある程度、想像はしても、どうも数馬という人間は複雑だった。
ましてや今は女の子だ。数馬じゃなかったら、こうして一緒に出かける事も手を繋ぐ事もそうそうない生き物だから、理解するのは不可能に思える。
けれど、作兵衛の事は近くで見ていたから、わかる事は多い。ほんの少しなら、数馬に伝えるのは悪い事ではないように思えた。
むしろあの頃、どうしてこれを言ってやれなかったのだろう。今更だけれど、それでも言いたい。
吹く風の匂いが、どこか室町を連想させるから、よけいにそう思うのかもしれなかった。
「作兵衛は本当に数馬の事を探していたよ。 生まれ変わっても、探してた。 だからさ、もう、逃げるなよ?」
最後の一言を言ってから、しまったと三之助は口を覆った。やはり自分は作兵衛に味方をしてしまうらしい。
別に、あの時数馬は逃げたわけではないのだろう。数馬は作兵衛と友達でいる為に離れたと今言っていたじゃないか。 それが、とんでもないすれ違いだとしても。
三之助が謝ろうとした時、数馬は一つ小さく頷いた。
「うん。逃げない、よ。 藤内とも、約束したの」
三之助は呆気にとられた後、数馬の、確かな決意を宿した目に逆に溜息を吐きたくなる。作兵衛が今の、最後の言葉を聞けば、悔しい思いをすると思えたからだ。
作兵衛も左門も、まだ来る気配はなく、楽しそうな人たちが目の前を川の水のように流れていくのを、眺めている。
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<作兵衛>
「左門、おめえははぐれるなよ!ぜってえだぞ!!」
ぎゅううと音がしそうな程右手を握り込まれた左門が、痛いぞ!と叫んだけれど、作兵衛は全く気に留めずに思案していた。
数馬がいるのに、はぐれるとは思いもしなかった。自分達の背を見失うほど速く歩いていただろうかと首を傾げる。
けれど今は、それを考えるよりも早く合流しなければ。数馬はこの校舎に入るのは初めてだから勝手がわからないだろうし、三之助と一緒ならばなおさら動けないだろう。それならば、三之助が一人はぐれるよりも見つけやすいというものだ。
「よっし、数馬がいるから多分おれ達とはぐれたって気付いた所から動いてねえよな。今来た道戻るぞ。そこから外れてたとしても階段の上り下りはしてねえだろ」
口に出して左門に確認を取ると、おう!と元気よく彼は頷き歩き出した。逆方向へ。
いつもの事だから、予期はしていた。 これだから強めに手を握っていたのだ。動かない作兵衛に、左門は怪訝な顔をして振り返る。
「来た道はこっちだろう?」
「あほ、お化けの看板があったかよ、いいからおとなしくついてきやがれってんだ」
作兵衛が乱暴に左門の腕を引くと思いの外素直に左門がひょこひょこと付いてくるので内心で驚いた。
何か言ってやろうかとも思ったけれど、それで機嫌を損ねられたら意味がないので何も言わずに辺りをくまなく見ながら元来た道を辿る。
「数馬がいたのに、なんではぐれたんだろうな」
左門の言葉に、作兵衛は立ち止まりそうになった。それは、考えないようにしていた事で、考えてしまうと悪い方へ悪い方へ、落ちてしまう。
握った手が強ばったのがわかったのか、左門は眉をきりりとつり上げて作兵衛の顔を覗き込んできた。
「作兵衛は、どうしたいんだ?」
「は?」
「僕らの事が心配なのかもしれないが、数馬の隣に並びたいんだろう? 作兵衛はおかしい」
左門はやたらきっぱりと言って、作兵衛の腕を引っ張り返してくるので、思わず足を止めた作兵衛はまじまじと左門を見た後、一気に熱が耳を彩ったのがわかった。
「な、だって、お前ら迷子に」
「知ってるが、それ、今回は言い訳に聞こえるぞ!」
ぴしゃりと言い止められて、作兵衛は、ぐ、と言葉に詰まってしまう。
「二人を見つけたら、今度こそ数馬の隣を歩くんだな! きっと今頃三之助と手を繋いで僕たちを待ってる。少しは、悔しいだろう?」
「く、悔しいって……」
作兵衛は俯いた。
自分の思いなど、とうに感づかれているのは自覚している。それでも表には出さないようにしていたのに、と思えば、恥ずかしくて耳朶が熱くなるのを感じた。
「そんなに、あからさまかよ、おれの態度は」
「数馬には全然通じてないから大丈夫だ!」
「……おう」
店の呼び込みも、何もかもが遠く感じられた。
確かに、数馬が隣にいたらどんなにいいだろう。背後から数馬の笑い声が聞こえて、何度振り返りたくなっただろう。
それでも、左門と前を歩いたのは、迷子対策のつもりだった。数馬ならばはぐれずに付いてきてくれると思えたからだった。
それに、言いたくはなかったけれど、一番の理由がある。一歩も引きそうにない左門に、作兵衛は顔を極限まで朱に染めて、渋々口を開いた。
心臓の動きが激しすぎて、きちんと喋れているかすらわからない。
「だってよ、そんなん、無理だ。あいつの隣にいてお前らのことも考えるなんて」
音にした事で、よけいにそれが原因だと思える気がして、作兵衛は知らず下げていた頭を、もう上げられない気すらした。
左門もすぐに何か言ってくれればいいのに、何故か黙っているからますます居たたまれない。わけのわからない焦りで、心臓の音だけを聞いていると、ようやく左門が口を開いた。
「……作兵衛は本当に数馬が気になるんだな」
「な……っ」
「よし! 今回は全力でついて行くから安心しろ!!」
そんな事出来るなら、いつも全力で付いてこいよ、といつもの作兵衛ならすぐさま言っただろうけれど、今はとてもそんな余裕はなかった。
数馬の隣に並んでへたを打たないようにと考えるだけで頭が埋め尽くされてしまっているから、歩き出すのをすっかり忘れて立ち尽くす。
そんな作兵衛に、表情のはっきりした左門にしては珍しく苦笑をして、急に汗ばんだ手を引っ張った。
「二人もいつまでも待ってるとは限らないぞ。腹も減ったし急ごう」
作兵衛は弾かれるように頷いて、走り出しそうな足を懸命に押さえながら、また、歩き出した。
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