向こうから歩いてきた作兵衛と左門に、数馬はほっとした。
 隣の三之助も嬉しそうに笑って腹をさすり、やっと食べれる、と零す。
「おめえら、はぐれてんじゃねえよ、なんで曲がってんだよ数馬がいるのに」
「ごめん、ちょっと話し込んでたら見失っちゃって」
「ふうん」
 作兵衛に早口で言われて、数馬は少し気圧された。怒っているのとは違う、と思う。どちらかというとどこかそわそわしているように見えた。
「なあー、作兵衛、左門、なんか食べようよ。オレもう腹減った」
「そんなんおれだって。どうすっか、どうせならちゃんと食いてえよな、…そうだ、この渡り廊下の先にカレー出してる教室が」
「カレー!!」
 作兵衛の言葉を遮り勢いよく顔を上げる三之助に数馬は少し笑って、今にも走り出しそうに見えた彼の手を取ろうと自分の手を伸ばす。
 その、瞬間、左門が三之助の手を掴んだので、数馬は驚いた。え、と戸惑いが口から漏れて、作兵衛を見る。
 そうしてまた、驚いた。作兵衛は数馬のすぐ近くにいて、どこか緊張した面持ちで立っている。
 作兵衛? と困惑のままに口にした言葉がうわずる。正直、今この距離は、困る。
 藤内に言ったのは本音で、これ以上作兵衛に思いが偏るのが、怖かった。それなのに、確かに嬉しいのだ。この距離が。手を伸ばせば簡単に届くこの距離に、作兵衛がいる事が。
 自分の中でどう処理していいのかわからない感情に、数馬は混乱をする。  一歩後ずさりしそうになるのを堪えて、数馬はもう一度口を開いた。今度はしっかりとした口調になったので、ほっとする。
「いいの? あの二人で歩かせて」
 作兵衛はその言葉をどう捉えたのか、肩をびくりと震わせた。視線は相も変わらず交わらないのが気になる。
「約束したから、大丈夫だ」
「正気? そんなの何度も裏切られてるじゃないか」
 思わず身を乗り出せば、作兵衛は少し怯んだようだった。けれど体を引かなかったのは作兵衛も、自分と同じように、負けまいとしているのかもしれないと、数馬はぼんやりと考える。
(過去のぼくに、今のぼくに……。はっきりとは、わからないけれど)
「本人が言うんだから、たまには尊重してやらねえと。……さっき思いつかなかったからすげえ言いづれえけど、携帯あるからはぐれてもそう大惨事にならねえよ」
「携帯!」
 はっとして口を開いた数馬を、作兵衛はようやく見た。少し照れたように笑って、歩き出す。
 後ろを振り返って、左門と三之助に視線を投げた数馬に、二人は笑って、行こうと促した。確かに付いてくる気はあるらしい。…それでも迷うのがこの二人だけれど、三人の意見が一致しているなら数馬が何を言おうと通らないだろう。結局数馬は、作兵衛の隣に並んで歩き出す。浮き立つ気持ちに、どう向き合っていいかわからないまま。


「なあ、数馬さ、今日本当は来づらくなかったか?」
 隣に並んだ数馬に、作兵衛がぽつりと言うものだから、数馬は少しどきりとした。作兵衛相手に、何故取り繕うとしてしまうのかわからなかったけれど、そんな事ないよ、と咄嗟に言いそうになって、数馬は開いた口をまた閉じる。
 そんな風に言っても、きっと作兵衛は納得しない。
「まあ、ろ組にぼく一人だもんね。……でも、来づらいとは、思わなかったよ。今更思わないよ。ぼくはお前らと一緒にいるの、結構楽しいと思ってるんだから」
「……おまえさ、その喋り方、俺に対してだけだよな」
「え?」
 会話の流れを切る、唐突に放たれた言葉の意味がわからなくて、数馬は首を傾げる。
 喋り方?
「なにか、おかしい?」
 先程から、どうも作兵衛はふて腐れているみたいに、見える。数馬はそれがどうしてだか、どうしてもわからなくて、作兵衛の横顔を見て、後ろを振り返る。そこにはきちんと、三之助も左門もいるけれど、助け船は期待できそうになかった。ただ、笑顔が返ってきて、数馬は曖昧に笑って顔を正面に戻す。
 ちらりと作兵衛を見やれば、ばちりと目が合う。
「ねえ、作兵衛、作兵衛こそ、今楽しい? ぼくとだと気使ったりしない?」
「なっ、そんなの……!!」
 途端に、作兵衛の顔に朱が走ったので、数馬は目をぱちりとしばたいた。
 不思議そうな数馬に、作兵衛は更にしどろもどろになる。
「き、気使って、なんか、ねえけど、だっておめえ、藤内」
「藤内?」
「な、なんでもねえ!!」
 叫ぶ勢いで、作兵衛が言うのに、数馬は眉根を寄せた。
 渡り廊下は少し休むのにちょうどいいのか、窓際に人がよっていて談笑していたり、外をぼんやりと眺めていたりする。そういう人たちが、ちらりと視線を寄こすほどの、声量だった。
 一瞬の注目をやり過ごし、数馬は、赤い顔で正面を向いている作兵衛の横顔にそっと声をかける。
「作兵衛って、まだぼくの事、好きなんだね」
「えっ」
「室町の頃、言ってたじゃないか。藤内よりもおれの方が数馬と仲いいだろうって。ふふ、作兵衛って、おかしい」
 数馬が苦笑すると、作兵衛はますます赤くなって、首どころか肩口まで赤く見える。作兵衛は数馬をそろりと見て、目が合うや、すぐさま前を向く。
「も、もうやめだ! この話は! ほら、あの教室、入るぞ!」
 どうやら図星だったらしい。
 藤内といる方が楽しそうだ、と言って拗ねたのは、確か一度や二度ではなかった。その度、複雑な気持ちになったものだけど、まさか今でも言われるなんて、思ってもみなかったと、数馬はもう一度、隣の作兵衛を見る。
 早足になる作兵衛の袖を少し引っ張って、はぐれちゃうよ、と後ろに視線を投げれば、少し離れた所で、左門と三之助がいた。まるで、わざと距離を置いたようで、数馬は少し気まずくなる。
「……おう」
 教室の、少し手前で立ち止まって二人で並んで立っていると、周りから冷やかすような生温かいような視線が向けられる。
 それは主に作兵衛の方で、こんなにも真っ赤になって女の子の隣に立っていられたら誤解もするよなあ、と数馬はひそりと思った。
「ねえ、作兵衛」
「なんだよ」
「今でも、ぼくを友達として好きでいてくれて、ありがとう」
 どこか、痛むのは、少しの嘘を含んでいるからだ。それを上手に隠して数馬が笑うと、作兵衛は何とも言えない顔をして、ばかやろ、と呟いた。
 照れ隠しにしても、もっといい言葉を言ってくれればいいのに。数馬はそう思って、ゆっくりと近づいてくる二人を、待った。





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