ああ、結局おれは数馬が好きなのだと、思い知るはめになっただけじゃねえかと、じわりと熱をもつ耳朶に、作兵衛はうつむいた。
室町とか、今だとか、確かにいろんなものが違う。確かに数馬は女の子ではなかったし、性格だってあんなに穏やかではなかった。 それでも、どうしようもなく数馬だった。 仕種、表情、簡単に甘えようとはしない強さ、意地っ張りで頑固なところも、作兵衛を惹き付けてやまない。
なんなんだよ、と作兵衛は、悪態をつきたくなった。
室町だ今だと線引きしようとしたって、数馬が数馬である限り、なんの意味も持たない。 ただ、数馬が好きなのだ。 ただそれだけの事なのだ。
初夏の乱暴な風に、髪がなぶられる。
それはちっとも作兵衛の熱を冷ましてくれはしなかった。
来年、そちらの学校へ行くと言えば、確かに数馬は呆れるだろう。 それでも最終的には喜んでくれると、それは、確信だった。
作兵衛は大きく息を吐き、自転車のストッパーをはずす。かちゃんと小気味のいい音をきいて、サドルに跨がった。



「作兵衛、来るのいつも突然だね。」
かちゃりと空いたドアから数馬が出てくる。 開口一番にそう言われては、作兵衛は苦笑するしかなかった。 既に緋は西の空遠くに沈んで見える。 滲む汗に気付かない振りをして、あのさ、と作兵衛は切り出した。
心持ち首をかしげて言葉を待つ数馬は、いつもの三つ編みではなく、この前の遊園地の時のように高くひとつに結い上げている。 風にゆらゆらと揺れるそれは、どこか楽しげに見えた。
「中学さ、…そっち行くから。」
「え?」
数馬は思いもしなかったのだろう。すぐには何を言われているのかわからないようだった。 ぱちりと丸い目をさらに大きくして、心持ち赤い頬の作兵衛を映す。
「…おれ、達さ、そっちの学校受験するから。」
どくりどくりと、やけに重たく心臓が鳴る。
作兵衛は自分の声が相手に届いているか不安になりながら言葉を続けた。
「絶対受かるから、そうしたらまた、一緒だ。」
数馬はただただ驚いた顔をして、作兵衛を凝視していた。 作兵衛にはこれ以上言えることがなく、沈黙が二人の間に落ちる。 西の空が藍に変わった頃、数馬は浅く息をついて、ようやく、呆れた、と言葉を落とした。
「前が一緒だったからって、今もそうしなきゃいけない理由なんてないじゃない。 もし、そういう記憶に引きずられてるなら、ぼくは、」
「ちげえよ。 おれもあいつらも、今、お前らと一緒にいてえんだ。 離れたってさ、おれらの関係になんの影響もねえのはわかる。 ちょっと会えねえだけだ。 そんなのどうってことねえよ。 でもさ、それでも、一緒に過ごしたらもっと楽しいし、そうできたらって、みんな考えちまったんだ。」
作兵衛は数馬の言葉を遮り一気に思いを吐き出す。
「数馬も藤内も、室町と今とをはっきり線引きてえみてえだけどさ、一緒にいてえって気持ちは今もあの頃も変わらねえ。 それじゃだめなのか? あの頃と違う選択しなきゃいけねえ訳じゃねえだろ?」
「…うん、そ、…う、だね。」
数馬がぱちぱちと目をしばたく。
それから、目を擦る動作をして、作兵衛を見据えた。 暗いせいで、数馬の表情がよく見えずに、作兵衛はじっと目を凝らして数馬を見る。
「ぼくも、うん、一緒の学校通えたらなって、思ってた。」
目を凝らしていたお陰か、数馬が困ったように笑んだのが、作兵衛にはわかった。
安堵の息をついた作兵衛に、数馬はくすりと笑う。
「受験、頑張ってね。 ぼくも、応援する。」
「おう。 楽しみにしとけ。」
作兵衛はあげた顔に笑みをのせて言うと、数馬の家の前に止めていた自転車のハンドルを握る。
「暗いから、気を付けてね。」
「おう、突然悪かったな。」
作兵衛の言葉に数馬は首を横に振る。 ポニーテールが揺れて、それがやたら目を引いた。
「ううん、決めて、すぐ来てくれたんだよね。 ありがとう。」
そう言われては、最初黙っておくつもりだったとは口が避けても言えないではないか、作兵衛は複雑な気持ちで苦笑を返す。 つまりは仲間たちの言葉が正しかったと言うわけだ。 全く、自分は間違えてばかりだ。 とみに、数馬の事に関して、間違えた選択ばかり。 どうにかしねえとな、と作兵衛は決意して、じゃあな、とペダルに足をのせた。
数馬の見送る気配を背中に感じて、作兵衛は家路を急ぐ。
納得してくれたぞと、自分に説明を託した篠小組に報告しなければならない。
きっと、心待ちにしているだろうから。
青く染まる町のなか、弾む胸を押さえつつ、自転車は疾走する。




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