明日は、とうとう受験本番だ。
作兵衛は息を一つ吸い、吐き出す。どうにも緊張して眠れない。
準備はしっかりしてきた。これで落ちるなら、仕方ないと思えるくらいに。そう作兵衛は考えて、自分が弱気になっていることに気付く。
(ちっげえだろ。ぜってえ受かるんだ)
数馬と藤内に出会って、同じ学校に通うと決めてから今日まで、参考書とにらめっこしてきた。我ながら頑張ったと思うのだ。
参考書というものに触れるのは初めてだし、きっとこの先、ここまで必死に勉強する事なんてないと思う。
作兵衛は暗闇に慣れた目で時計の針を読む。もうじき日付が変わってしまう。早く寝なければと思うのに、眠いはずなのに、瞼を閉じてもすぐ開けてしまうから枕元に置いてある携帯に手を伸ばし、布団の中で操作しはじめた。
寝ているに決まっている。けれどそれならいっそのこと、かけてしまえと思った。
前に、寝る時は電源を落とすと言っていたから、迷惑になる事はないはずだ。
いつも、この番号を電話帳から探す時はひどく緊張する癖に、今ばかりは流暢に通話ボタンを押した。
電源が入っていません、とアナウンスが来るとばかり思っていた作兵衛は、コール音が聞こえてきて、飛び上がった。
布団の上に正座した作兵衛が、切らなきゃ、と咄嗟に思った時、はい、と数馬の声がした。
「か、かず、ま?」
「うん、ぼくだよ。珍しいね、こんな時間に。もしかして、かけ間違えたの?」
「いや、数馬に、かけた、けど、寝てると思ってた」
一瞬間があってから、数馬の笑い声が小さく聞こえてくる。
「寝てると思ってたのに電話かけてきたの? なんだか、作兵衛らしい気もする」
あたたかな笑い声に、顔が熱くなる。電話でよかったと思うけれど、電話だから、数馬の声だけが頼りで、よけいに恥ずかしくなるようだ。
数馬は、明日が受験だと知っている。なのに、寝れないの?とは聞いてこなかった。
そういう所に、作兵衛は数馬の気遣いを感じる。励まされて、作兵衛は情けないと知りつつも、結局確認することにした。
「……なあ、数馬、今更、だけどよ」
「うん、なあに?」
「おれ、お前と同じ学校行きてえ。……いいん、だよな?」
言ってしまってから、作兵衛は俯いた。急速に後悔が襲ってくる。やはり言うべきではなかった。こんな事を聞いても、正しく本音を言ってくれるかもわからないのに。
けれど聞きたいことだった。これを知らないと、作兵衛は例え数馬と同じ学校に通えたとしても、踏み切れない気がして仕方ない。
ほんの少しでも電話越しの、気持ちの揺らぎを聞き逃すまいと、作兵衛は耳に全神経を集中させる。すると、数馬の小さな溜息が聞こえた。
ズキリと、作兵衛の心臓が嫌な方に跳ねる。
「作兵衛、ぼく、本音で、喋るね。だから、絶対信じて」
「……おう」
「待ってる……。作兵衛が、一緒の学校に通えるようになるの、待ってるよ。ぼくだって、作兵衛と一緒だと、嬉しい、から」
だんだんと小さくなっていく声に、作兵衛はすぐに返事をすることができなかった。 みんなと、ではなく、自分と、と言ってくれたのが息を忘れるほど嬉しくて、作兵衛は目眩を感じる。ようやく出た声は掠れてしまった。
「ほ、本音、だな? 絶対だな?」
「うん。 ……作兵衛が、ぼくの言葉を信じられないのは、当たり前だよね。それでも、本当だよ。 中学校一緒に通うって行ってくれた時、本当は、すごく嬉しかったんだ」
静かな声に、ほんの少しの照れが入り交じっているのを見つけて、作兵衛は目を閉じる。
今の言葉を、声を、覚えていたい。
「ありがとな、なんか、ようやく寝れそうだ」
「うん、おやすみなさい」
数馬の声に、おやすみと返して、のろのろと通話を切る。
改めて横になれば、今度こそ睡魔が襲ってきた。
我ながら単純だと作兵衛は笑いそうになったけれど、それすら眠りに飲み込まれていった。


今日は生憎、すっきり晴れなかった。どんよりとした空は、今にも雪を降らしそうに見える。コートを羽織りマフラーをして分厚い手袋をして、それでもまだ寒い。
吐く息は当然のように白く、その白さに数馬がこちらへ来たあの雪の日を思い出す。
「なんか作兵衛、余裕の顔だな。昨日の方が緊張してたみてえ」
正しく言い当てられた作兵衛は、まあな、とごにょごにょ答えて息を吐く。白がまた目の前に踊る。
「まあ、いいことだな! 孫兵、何か問題出してくれ。理科!」
「任せて」
孫兵が左門の言葉に力強く頷くのを、三之助が頭を横に振りながら遮った。
「毒虫の知識は後でな! 今それきいたら、試験中に毒の種類や、虫の色や習性なんか逐一浮かんできそうだ」
「僕はいつも頭の中にあるけどそれで問題が解けなかったことは一度もないよ?」
「お前と一緒にしないでください」
不満げな孫兵に三之助が頭を下げて、左門が笑う。全く緊張感の欠片もない面々に、作兵衛も笑った。
数馬と藤内の通う学校の校門は煉瓦でできていて、それ一つをとってもどこか特別な感じがする。校門をくぐると、受付があった。
教師の手伝いで、在校生が座っているのを見つけて、もしかしたら、と頭を過ぎったけれど、それは見知らぬ生徒だった。
そりゃそうだよなと自分自身に呆れていると、記入を終えた左門が作兵衛の背中を叩く。
「今度は、後悔するなよ」
左門は、こいつらは、どこまで知っているのだろう。作兵衛はふと浮かんだ疑問を押しやって、おう、と頷き、校舎を見上げた。




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