三反田数馬には前世の記憶がある。
小さな頃、近所の大人たちの間で、そう噂されていたらしい。
7つまでは、そういう子もいるんだって、と親が夜に話していたのを聞いたこともある。
どうして、前世の記憶があるなんて思われてたかっていうと、実はそれは事実だったからで
会ったことのない人の名前をよく話題に出したり、5歳にも満たない子供が知るはずのない知識を口にしたりしたからに他ならない。
けれどぼく自身は、前世なんて言葉知らないしただ自分が知っていることを口にしていただけ。
子供ってそういうものでしょう?
8歳になっても、ぼくのそれは変わらなかった。
あの頃一緒に育った、藤内のことも孫兵のことも左門、三之助、作兵衛の事も、ずっと心の中にあった。
けれど、それを口にすることは減った。
周りの反応で、それは普通のことでないと、察しが付くようになったからだ。
そして、自分が寂しいとか楽しいとか切ないとか、感情を覚える度に思い出す記憶もあった。

ぼくは、富松作兵衛が好きだった。

それを思い出した夜、眠れなかった。
ぼくがそれを覚えていたって、作兵衛は今ここにいない。
他のみんなだって、同じように生まれ変わって記憶があるとも限らない。
会えない確率の方がずっと高い。
会えたって、あの頃と決定的に変わったことがある。
ぼくは女の子に生まれ変わった。
みんなも同じように姿が変わってしまっていたら、わからないかもしれない。
その事に、ようやく気付いた9歳のその夜、ずっと、ずっと泣いて過ごしてしまった。

そして小4の春。
藤内が転入してきた。
先生と一緒に入ってきた男の子に、教室がざわめく中、ぼくは声も出せなかった。
心臓がうるさかったのを覚えてる。
緊張した面持ちで顔を上げた藤内は、ぼくを見つけた。
目が驚きの形に開かれる。
それで、わかったんだ。
涙が出そうになるほど嬉しかったと今でも鮮明に思い出す。
藤内は、ぼくを覚えていた。
ぼくと藤内のお母さんは、そりゃあ大騒ぎだった。
藤内も、ぼくと同じように小さい頃、ぼくらの名前を口にしていたようだから、わからなくもないけれど。
女子高生みたいにキャアキャアと、運命の相手だなんだと。
だったら三之助や孫兵が現れたらそっちとも結ばれる運命と言い出すのか、全く。
そう心のどこかで呆れながらも、藤内と会えたことは本当にぼくの運命を変えた。
なにせ昔の話ができるんだ、お互いあやふやなことや片方が覚えていないこともあったけれど、10歳で、こんな昔話ができるなんておかしいね、と笑ったりした。
ぼくにとって藤内は、今も昔も大切な人。 大好きな友人。
まるで、半身みたいだなとよく思う。
前世の前世はもしかして兄弟だったんじゃないかしら、なんて。


そして今。
小6の、春。
藤内が転入してきてから、春は特別な季節。
もしかしたら、って思う。
期待しすぎてしまってはいけない。
だけど、もしかしたら、
残りのみんなにも、会えるなら、きっとこの桜降る季節。