くるくる

「数馬、最近髪おろしてるんだな」
左門がそう言うのを、作兵衛はどきりとして聞いた。 自分が口にしたかと思ったのだ。 それはこの所、作兵衛が思っていた事でもある。
数馬は首元に手をやって、寒いから、と笑った。
作兵衛は目の前で頼りなげに揺れる数馬の髪に触れたかった。
室町の時は何のためらいもなく触れられたものが、今はとても困難に感じる。 それは数馬が女の子だからで、なおかつ自分が思いを寄せる相手だからに他ならない。
左門と話すその拍子に、また髪が揺れて、作兵衛はやっぱり触れてみたいと思う。
「なあ、数馬の髪ってさわり心地どんななんだ?」
「ん? さわる?」
左門と数馬のやりとりにぎょっとした作兵衛があっという間もなく、左門に背を向ける数馬と、その髪に手を差し入れる左門が目に入る。
「おお、やわらかい!」
「室町の頃とちがうでしょ。 今は髪を手入れするもの、色々あるからね。」
ふふ、と少しくすぐったそうにして答える数馬に、左門はなるほどと納得して、髪にもう一度触る。 作兵衛はそれをじりじりとした思いで見るはめになった。
けれど、そもそもの原因は、左門のように触らせてくれと言えないせいだと作兵衛にもわかっている。
そこで、はたと作兵衛の視線に気づいたのか、左門はくるりと、首をそちらへ向けた。
「作兵衛」
「な、なんだよ。」
こいこいと、左門が作兵衛に近くに来るように、数馬の髪から離した手で招くので、作兵衛は二人に寄る。
その途端、作兵衛は左門に左手を掴まれ、そのまま数馬の髪に持っていかれてしまい、今度こそ、あっと声をあげた。
「な、」
なにしやがる、と言おうとしたがうまく言葉にならなかった。
数馬の髪は、左門の言う通り、柔らかい。
覚えていた髪質とは全く異なっていて、作兵衛は驚いた。 自分でもその感触を確かめたくて、くしゃりと、手を掴む形に動かす。 
「ふわふわだ。」
言われた数馬は、えええと顔を赤くさせて、動揺の声をあげる。 逆に左門は同意を得られて嬉しいのか、だろ!と笑った。
左門が、掴んだ作兵衛の手首から手を離しても、作兵衛の左手は数馬の髪に触れていた。
おそるおそる触れては、室町の頃と癖の強さは変わらないのに、こんなにも感触が違うものかと感心する。
それは、やはり、女の子だからだろうか。 髪の手入れをする、ということ自体が作兵衛にはない発想だ。
そう思いながら、くるくるとした髪をいじっていると、数馬から慌てた声が上がる。
「さ、作兵衛、髪、絡まっちゃうから。」
その言葉に、ぱっと、作兵衛は手を数馬の頭から離した。
顔を真っ赤に染め上げて、弁明しようとする。
「わ、悪い! つい、その、えっと、だな…。」
「絡まったら、とかせばいいんじゃないの?」
しどろもどろな作兵衛の言葉に被せて、孫兵が言ったので、作兵衛は飛び上がる程驚いた。
「おま、いつ来た…!!」
「今だよ。 ほら、櫛。」
す、と作兵衛に孫兵の櫛が差し出される。 受けとっていいものか作兵衛が躊躇していると、数馬が振り返ってこちらをみた。
「い、いいから! 自分でとかせるから!」
その数馬の顔を見た作兵衛は申し訳ない気持ちになって、意を決して孫兵の差し出す櫛を手にした。 数馬の後ろに回れば、数馬はさらに慌てた声音になる。
「さ、作兵衛、いいってば!」
「よくねえだろ。 そんなんしちまったの、おれだし。」
「気にしないから!」
一掬い、作兵衛が数馬の髪を手にして、下の方からゆっくりととかし始める。
数馬は抗議しようと口を開いたけれど結局は閉じた。
決めてしまったら、作兵衛はもうやめない事を、数馬は知っている。
どきどきと鳴りたてる心臓を持て余しながら、数馬は目を閉じた。
作兵衛はといえば、やはり、うるさい心臓を必死で無視して、手を動かすことに専念している。
絡まってしまった髪は、そう簡単にはとかし終わりそうになかった。
左門と、孫兵に仕組まれたような気がするのは、…考えすぎだろうか、既に談笑を始めている二人の声を耳にしながら数馬の髪をもう一掬い手に取るのだった。





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