近所の高校の文化祭へ行くために、待ち合わせ場所に現れた数馬は一人だった。
コートを羽織り、明るい色のスカートにタイツを合わせてかわいいデザインのショートブーツを履いている。髪は下ろしていて、いつにもましてふわふわした印象で、作兵衛は心臓が音をたてたのを聞いた。逸るそれに、頬も火照る。
嬉しいのは藤内と一緒じゃないからだと思い当たって、自分に呆れるし藤内にも申し訳ないけれど、それは隠しようもなかった。
藤内はいつでも数馬と一緒で、そんなのどうしようもないのに、どこか悔しい。
考え始めるとキリがないから、一度ふるりと首を横に振る。今は目の前の数馬だ。
笑みを浮かべて、おはよう、と挨拶する数馬に自分も返すと、くすぐったい気持ちになる。
もしも、来年から同じ学校に本当に通えるなら、これが当たり前になるのだろう。今はそれが何より欲しいから、帰ったらまた勉強をしなければと作兵衛は思い、行くかと歩き出した。
本当は数馬と並んで歩きたい。いろいろな話をして、自分が笑わせたいし、楽しんでもらいたい。そう思うけれど、既に習い性になった迷子に対する責任感で、作兵衛は左門に並ぶ。
左門は目を瞠り隣に並んだ作兵衛を見た。いいのか、と問われた作兵衛は数馬と一緒じゃなくていいのか、と問われたのだとわかったけれど、もし数馬と並んで歩いたら、左門と三之助の事をうっかり忘れてしまいそうで危ねえんだ、という答えが浮かんで、慌てて首を横に大きく振った。
そんなに、数馬の存在が大きいのかと、自分で驚く。 とても簡単に認められはしない。 今生でも好きだと、自覚したばかりなのに。
柔らかに笑う数馬を。 藤内の隣にいる数馬を。 たまに自分の前でぎこちなくなる数馬を。
ゆるりと後ろを振り返り、三之助と歩く数馬を伺うと、すぐに数馬と視線があって作兵衛は勢いよく前を向いた。煩い心臓に翻弄される。地に落ちた金木犀の黄色が急に視界に入るほど下を向けば隣で左門が溜息を吐いたのがわかった。けれどそんな事に構っていられない位、作兵衛は動揺していて知らず早足になったので、あっという間に高校に着いてしまった。
「数馬惜しい!」
ぱあん、と、弾ける音についで、三之助の声があがる。
射的を四人で始めたけれど、数馬だけが何も落とせない。
「うー、取れないなあ」
数馬が眉をしかめて、銃を構え直そうと先程から狙っているぬいぐるみをじっと見る。当たる気がしないなあ、と思っていると、手から銃が抜かれた。数馬が目を見張っているうちに、作兵衛が、あっという間に照準を定めて、小さな猫のぬいぐるみめがけて、撃った。
ぱあんと音がして、ぬいぐるみが落ちるのを、何だかスローモーションのように、数馬は見た。
作兵衛の、標的を見据えた真剣な目が、ふと緩んで、高校生におめでとうと言われて渡されたぬいぐるみを嬉しそうに受け取る。
そんな作兵衛から、数馬は目を反らせずに、何故か息を詰めてしまっていた。 ばくりと、心臓が先程から忙しない。 苦しささえ覚えて胸を押さえようとしたけれど、そうはせず、拳をゆるく握ってその衝動をやり過ごす。
作兵衛はそんな数馬の様子に気付かず、手におさまった小さな黒猫と同じ目つきで、少しぶっきらぼうに、ほら、と数馬の目の前に手を突き出した。
黒猫を見て、作兵衛を見て、数馬は目をパチパチとさせてから、やがて小さく笑い声を立ててしまうと、作兵衛が怯んだように口を歪ませた。
「な、なんだよ」
「ううん、ありがとう」
あの頃と同じだ。 数馬は思ってふわりと笑う。 忍術学園に通っていた頃、みんなで縁日に行って射的をした。
何を狙っていたかは忘れたけれど、やっぱり取れなかったのは覚えている。そして、作兵衛が今と同じ顔で銃を自分からとりあげ、数馬が狙っていた物を取ってくれた。
「作兵衛、あの時と同じ。 そういうところ、びっくりするくらい変わらないんだね」
「・・・・・・おめえは、変わったな。 あの時すげえ怒ってたじゃねえかよ」
「え、覚えてない」
そう言って、受け取った猫を早速持っていた鞄につける数馬と、それを心なしか赤い顔で満足そうに見ている作兵衛を、ほんの少しだけ離れた所に移動した左門と三之助は、呆れたように笑う。
「なんかオレたち、邪魔だな〜」
「まったくだな! こんな時こそはぐれた方がいいんだろうな!」
「いや、藤内からメール来てた。 はぐれたらオレたち探すのに、あのふたり二手に分かれちゃうから絶対迷うなって」
三之助が携帯をふりながら言うと、左門はそういえば来てたなと頷く。
まあ、言われるまでもない、と左門も三之助も思う。 結局、自分達を捜す事になれば、ふたりは文化祭を楽しめないだろうから。
和やかな二人を見ながら、三之助も左門も苦笑する。
「うし、次行くか」
そういって、作兵衛はまた、左門の隣に並ぶ。
ちらりと三之助が数馬を見れば、ほんの少し寂しげに作兵衛を見ていたのがわかった。 けれどすぐに三之助に並んで、作兵衛と左門に続くように歩く数馬に、三之助はうーん、と一つ唸る。
「なあ、数馬楽しい?」
「楽しいよ?」
きょとんとした顔の数馬に、三之助はもう一度うーんと唸った。
「もう、何?」
「オレさあ、そろそろ飯食いてえな」
「じゃあ、前の二人呼び止めなきゃ。 さも・・・・・・」
顔を前に戻した数馬は、見慣れた背中がない事に、しまったと息を呑んだ。
隣を見ると、三之助がのんびりと笑っている。
「あー、はぐれちゃったね、どうしようか」
くらりと、めまいを起こしそうな気持ちで、数馬は頭を抱えた。
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