*絵本設定が入ります。



作兵衛は眉根を寄せた。
数馬から飲み物を受け取った藤内が、当たり前のように隣に数馬を座らせたからだ。
加えて、数馬がおとなしくその隣に収まったのも原因のひとつで、モヤモヤとした思いを抱えて数馬が広げたおかずを食べる。
「で、次はどこいこうか。 藤内、乗り物もう行けそうか?」
「食べたすぐ後は遠慮したいなあ。 俺、おばけやしき入ったことないから行きたいんだけど。」
左門が了解、と答えて皆が頷くものだと思った作兵衛は、数馬が首を横に振ったのに驚いた。
「ぼくは、いい。 待ってるよ。」
その言葉に驚いたのは作兵衛だけではない。 藤内までもが、え、とぽかんとする。
「数馬、こわいの平気だったじゃない。」
「室町の話でしょ、それ。 小さい頃、ここのおばけやしき入ったときに、室町でお化けに足引っ張られたこと思い出しちゃって…、もー、タイミング最悪だよ。
おばけやしきで、本物思い出しちゃうんだもん。 だからそういうの今全くダメで。 ぼくは、ここで待ってる。」
数馬自身、まだ、怖いと言うものがよくわかっていなかったほど幼い頃に入ったこのお化け屋敷で、フラッシュバックの様に思い出したのだ。
自分の足を引っ張るものを。
その感触を。
それが人ならぬものだと思えばもうダメだった。
今思い出すのならまだ平気だったかもしれない。
けれど、まだ数馬は知らないことばかりの、ほんの小さな女の子だったのだ。
ぶるりと肩を震わせ、頑なに言う数馬に入る気はどうしてもないようだった。 藤内が、やめようか、と言いかけた時、作兵衛が数馬の方を向いて提案する。
「じゃあ、おれも残る。」
「え? 作兵衛は楽しんできてよ。 ぼく、ひとりで大丈夫だよ。」
いや、と作兵衛は首を横に振った。
「おれ、何回も行ってるし、いいよ。」
でも、と更に言い募る数馬に、孫兵がにこりと微笑む。
「いいんじゃないか? 数馬がひとりで待つなら藤内はおばけやしきを止めるって言うよ。」
う、と、数馬は言葉につまった。
それはその通りだと、容易に納得できる。 どうしようと数馬が考えている間に皆の間では話が決まってしまったようだった。 三之助が唐揚げを頬張り言う。
「じゃあ、作兵衛、数馬とメリーゴーランドな。」
「乗らねえよ。 でも数馬が乗るなら、外で手振るくらいはする。」
「だから乗らないって!!」
数馬が否定した時、ひときわ強い風が吹いて、花びらを散らした。
思わず6人は口を閉ざし、それを見る。
きれいと言うより懐かしいそれは、6人に、それぞれの、記憶を呼び覚まさせる。
思えば不思議だ。
この体に刻まれてはいない、生まれる前の、前の世に生きた記憶があるというものは。
風が弱まると、吹き上げられた花びらはふわりと地面に舞い降りる。 空になった弁当箱に少し入ったが、数馬はそのまま蓋を閉めた。
「数馬、ごちそうさま。」
藤内が柔らかに言えば、他の面々も続く。
数馬は、その言葉に安堵したようににこりと微笑む。
「お粗末様でした。」


おばけやしきの前のベンチで、数馬と作兵衛は皆を待つことにした。
どこか別のアトラクションに行っても良かったのだけど、それこそメリーゴーランド位しか、待ち時間がちょうどいいものはない。
なんとなく、何を話していいかわからずに、二人の間に沈黙が降りる。
と、突然よそから、危ない!!と声がかかったので反射的にそちらを見れば、勢いづいたボールが数馬めがけて飛んできている。
よけられない、と思いつつも、ああ不運だなあ、とどこかのんびり構えてしまうのは、室町の記憶ゆえかもしれない。
ふと、遮るものがあって、数馬は覚悟して閉じていた目をパチリと開けた。
突然の、肩を掴まれた感覚と、ぶつかる音が聞こえたのにもかかわらず衝撃がない事に、まさかと思う。
「数馬、大丈夫か?」
思いの外近くに、数馬の肩をつかんだ作兵衛の顔がある。
数馬はそのまさかだったと理解すると同時にかっとなった。
この前会った時に、確か習い事をしていると言っていたはずだ。
「ば、ばかっ 作兵衛こそ、空手やってるんだろ! 肩でも痛めたら…」
「大事なやつ守れなかったら、武道やってる意味ねえだろうがよ。」
何でもないことのように作兵衛は言って、数馬から手を離し転がったボールを拾い、立ち上がる。 慌ててやってきたボールの持ち主に寄り、説教する作兵衛の背中を、数馬は見る。
結構な衝撃だったはずだ。
それでも何とも無さそうにしているのは、気にさせないためだろうと数馬は溜め息をつきたくなった。
その優しさが、却って心配なのだ。
数馬は立ち上がり、作兵衛の背後に立つ。 まだ会話の途中だったが、数馬は作兵衛のシャツの裾をつかみ捲りあげた。
「ぶわっ お、おい、数馬!?」
突然背中と腹が外気にさらされて、作兵衛が驚いた声をあげる。 が、数馬はその背中に残るアザに太い眉をしかめた。
「…、ここで、そういうふうに遊んじゃダメな理由、わかった?」
人を傷つけるからだよ、と数馬は言って、作兵衛の服から手を離す。
「お、おい、数馬?」
常の数馬とは違う迫力に気圧されたのは作兵衛だけではない。 ボールで遊んでいた数人も謝って、慌てて去っていった。
数馬は呆然としている作兵衛の手をとってベンチへと引っ張る。
「数馬、そんな心配しねえでも」
「大丈夫、なんて言ったら、怒るよ。」
数馬の背中を見て、作兵衛はたじろいだ。 すでに怒ってるじゃねえかと言いたいのをこらえて、ベンチに座り素直に背中を向ければ、ぺチャリと湿布が貼り付けられた。
「つめてっ なんでそんなもん持ってきてんだよ。」
「いつも持ってるよ。 だって何があるかわからないじゃないか。」
数馬は、はい終わり、と、作兵衛の背中を軽く叩く。
シャツを戻しながら、作兵衛は座りなおして数馬の方を向いた。 何だろうと思えば、その頭に手がおかれ、数馬は驚いた目を作兵衛へ向ける。
意思を込めた瞳とかち合って、数馬はどきりとした。
「おれが隣にいるときはさ、不運だって、心配すんなよ。 怪我なんて、室町の時はもっとしたし、こんくらいさ数馬が気にすることじゃねえんだよ。」
数馬はそれを聞いて、眉をしかめた。 作兵衛はわかってない、と言いたかったけれど、逆に作兵衛も同じ気持ちなんだろう、と思えた。
お互いの考えは平行線を辿っている。 ただ、頭に置かれた手はどこまでも優しくて、暖かい。
こんなの、反則だ、と数馬は思う。
ありがとうと言ってしまいそうだ。 また同じことを繰り返してはほしくないのに。
数馬が押し黙って俯いた時、賑やかな声が聞こえてきた。 聞き覚えのあるそれは仲間のもので、作兵衛は弾かれたように数馬の頭から手を離す。
青ざめた顔で怖い怖いと言う藤内と、それをからかう声がだんだんと近づいてくる。
「数馬、」
小さく、作兵衛の声が聞こえて、数馬はそちらを見る。 仲間たちに目をやったままの、赤い顔の彼がいて、さらに小さな声が聞こえた。
「おれが隣にいるときは、守るよ。 お前がそれを嫌だと思っても、そうするから。」
「…ぼくは、お礼を言わないよ。」
「わかってる。 それを不義理だなんて思わなくていい。」
作兵衛は数馬の返事にどこか、満足したように笑った。
不意に向けられた笑顔に数馬はまた、反則だ、と思う。
締め付けられる胸をよそに、おまたせ!と明るい声が届いた。




もどる