「湿布くさいな?」
みんなと戻ってきた孫兵が、顔をしかめて辺りを見た。
作兵衛が少し照れくさそうに立ち上がり、おれだ、という。
数馬にボールが飛んできたところは省いて作兵衛がみんなに説明すると、三之助からダメ出しが入る。
「作兵衛、華麗にスパイクで返すもんだぞ。 そういうのは」
「体育委員に任すよ。 そういうのは。」
「数馬、湿布以外にも持ってきてるのか?」
「数馬はすごいよ。 絆創膏や、包帯、消毒液にガーゼまで持ってるよ。 いつも。」
左門の問いに、先程まで作兵衛が座っていた場所へ腰掛けつつ藤内は答える。
ね、と数馬を見ると、彼女はなぜか俯いていて、何か、思い詰めたような顔つきだった。
どうしたの、と藤内が言う前に、孫兵の、それじゃ観覧車に乗れないねと言う声が藤内の耳に届いた。
「湿布くさい中、個室で15分はなあ。」
三之助もそれに同意をする。 左門は話に加わるためにそちらへと向かった。 藤内もそちらに意識が向いたとき、シャツの裾が引っ張られて、なんだろうと、そろりと振り向けば、どこか泣きそうな数馬がいる。
湿布のことでやいのやいの騒いでいる篠小組に気づかれないよう、小声でどうしたのと問えば、数馬は更に顔を歪めた。
「後、で、聞いてくれる?」
ぎゅうと、服の裾が握られる。
こんな数馬を見るのはいつぶりだろう。
少なくとも、再会してからは記憶がない。
室町の、あの時ももっと早くに相談してくれていればよかったのに、とちらりと思う。 今となっては、意味のないことだけれど。
ふと視線を感じて振り向けば、いつの間にかこちらを見ていた作兵衛と視線がかち合う。 気まずげに作兵衛は視線をそらした。 数馬は俯いていて気づいていない。
作兵衛はいつだったか言っていた。 お前が羨ましいと。 藤内はそれを思い出して溜め息をつきそうになる。
数馬の頭をひとつ撫でて、わかったと言えば、ほっとした表情で数馬は藤内を見た。
先程、お化け屋敷に入っていたときに何かあったのだろう。 数馬は作兵衛の方を見ようとしなかった。
逆に作兵衛は、数馬をしきりに気にしているように見えて、さてどうしたものかと藤内は思案する。
答えが出る前に、作兵衛が、あのさ、とこちらへ声をかけてきた。
「次なんだけどよ。 ゴーカート行かねえかって言ってて、二人一組で分かれようぜ。」
どこか不自然な笑顔なのは、恐らく数馬が自分にくっついているからだろうと藤内は思う。 こんなにわかりやすくていいのか、こいつ。
「グッチョッパーでいいだろ? こっち来いよ。」
そう言って、数馬が立ち上がる前に、作兵衛は左門達のところへ戻る。
こんな事するのはルール違反だよなと、藤内は思いつつも、この状況の数馬を誰かに預けるのは不安だと思い、数馬に耳打ちをした。
数馬は驚いた顔をした後、ゆるりと頷く。
その言葉は、数馬の心を軽くした。 今、作兵衛と二人になるのは、困るのだ。
組み合わせは一度で決まった。
作兵衛と孫兵。 左門と三之助。 藤内と数馬。
藤内と数馬は少しの罪悪感を感じつつも、微笑みあう。 出す手をあらかじめ決めたとは、誰も気づいていないようだった。
「じゃあ、行くか。」
三之助が歩きだして、みんなが後へ続く。
藤内としては早く数馬の話を聞きたいのだけど、今はまだ無理だろうと判断した。 ここでは、ともすれば前を歩く連中に聞こえてしまう。 それではとても、数馬も話す気にはなれないだろう。
一番後ろを数馬と並んで歩いていると、わかることがあった。
数馬の顔がほんのりと赤い。
たまに挙動不審に、顔を覆ったりする。
「数馬、大丈夫?」
もう一度そう問えば、びくりと、肩を震わせる数馬がいて、思わず藤内は苦笑した。
「恋する乙女だ。」
「っ、」
見る間に赤くなっていく数馬の頭を撫でていると、ゴーカートへ辿り着く。
さほど並んでいないそれは、すぐに乗ることができた。
歩いていた順番通りに乗り込む。
左門、三之助が先頭で乗り込むと、作兵衛が逆走すんなよと声をかけた。
「レールが敷いてあるから大丈夫だろ。」
「でも、あいつらだぞ?」
孫兵が呆れた口調になっても、作兵衛の不安は治まらないようだった。 それでも、自分達の番が来れば楽しそうにそれに乗り込む。
藤内は数馬を見た。 数馬はやはり、思い詰めたような顔をしていて、藤内は不安になる。 早く話を聞いてやった方がいいのではないか。
「ちょっと、抜けるな。 出口のとこで待ってる。」
今まさに出発しようとしていた作兵衛と孫兵に声をかけると、数馬を含めた3人が驚いた顔を見せた。
藤内は素早く数馬の手をとって、入り口へと引き返す。
外に出ると数馬が、ごめんと謝った。
「…吐き出したいことがあるなら、言っちゃいなよ。 楽しめないだろ? そのままじゃ。」
数馬はゆるゆると頷いて、口を開く。
ひどく言いづらそうだった。
「作兵衛、ぼくのせいで、傷ついちゃうよ。…さっきのボールも、本当はぼくに向かって飛んできてたのに、作兵衛、庇って、肩を打ってさ。」
「うん。」
「武道やってるくせに、肩だよ? それなのに、大事なやつ守れなかったら武道やってる意味ないって言うし、」
「うん。」
「…、お礼、言わないよって酷いこと言ったのに、隣にいる時は、守るって…、言って、…ぼくは作兵衛に、そんなこと望んでないのに、側で笑ってくれるだけで、いいのに。」
「…うん、」
「それなのに、う、嬉しいって、思う自分もいて。」
最低だ、と、数馬は消え入りそうな声を落とした。
藤内は震える数馬の肩を優しくたたく。
「…俺は、いいことだと思うけど。」
「よくないよ…。 自分のせいで、作兵衛が傷つくなんて嫌なのに。」
間髪入れずに否定する数馬に苦笑して、俺はさ、と紡ぐ。
「今の話聞いて、ちょっと作兵衛を評価してやりたくなったよ。」
出口側には、小さなベンチが据え付けられている。 藤内が座れば、数馬もそっと腰を下ろした。
「ぼくは、強くなりたい。 守ってもらわなくていいくらい。 反対に、作兵衛を守ってあげられるくらい。」
数馬らしい結論に、藤内は思わずため息を漏らす。
数馬の気持ちより、作兵衛の気持ちの方が、藤内にはよほどわかるのだった。
自分のとなりで大事に思っている子が傷つくくらいなら、身を呈してでも、守りたいと、思うだろう。 それで気に病ませてしまうのなら、強くならなければいけないのは、作兵衛の方だ。
けれどそれは、数馬に言っても決して納得はしないだろうと思えた。
ただ、その頭を優しく撫でてやると、決意を込めた目が藤内へと向いた。
「ぼく、強くなるよ。」
「…そう。」
これは、作兵衛大変だ、と胸の内で同情した藤内は、慌てて出てくるであろう件の彼を待つのだった。
-----------------------------------
「数馬、具合悪かったのか?」
作兵衛が慌てて出ていったので何事かと思っていた左門と三之助は、その作兵衛の言葉で腑に落ちた。
思わず二人で顔を見合わせてから、数馬の顔色を見る。 特に変化は見られなかった。
「大丈夫だよ。 心配させちゃってごめんね。」
ふわりと微笑む数馬に、作兵衛は安堵したようだった。 単純だよなあとは、当人達以外の感想である。
「そろそろ日が暮れるね。」
孫兵が言うので、何となく全員の目が空へと向いた。
いつのまにか朱に染まりつつある空を見て、左門が残念そうに帰らなきゃなと口にする。
「また来ようよ。」
藤内の言葉に左門は嬉しげに頷き、やがてその目は散る桜を映す。
学園でも、桜はそれはそれはきれいに咲いていた。 山奥にある学園は特に四季を彩る。 左門はそれが好きだった。 力強い自然の営みは今も昔も変わらない。
「桜ももう終わりだね。」
左門の視線の先を辿って孫兵が呟く。
やがて、ツツジやさつきが咲き始め、初夏を呼び夏が来る。
そうした季節の移り変わりを、また6人で過ごしていけると思うとワクワクした。
これで、同じ学校ならもっと嬉しいのになと左門は思う。
夜が背中を追いかけて来るなか、6人並んで退場門を潜り、駅へと向かった。
桜は尚も、散っている。
もどる