シリーズ以外の現代富数♀/シュシュ/綾部喜八郎


作兵衛は、生徒の間で危険地帯と囁かれる校舎裏の茂みに入り、身震いをした。
恐怖のせいではなく、寒さのせいだと自分に言い訳をして、首に巻いたマフラーを口元まで引き上げる。事実、風は冷凍庫の中にいるかのような冷たさを叩きつけてくるから、コートを教室に置いてきたのは失敗だった。
「この辺にありゃあいいけどなあ……」
鼻をぐずっといわせてひとりごちた作兵衛の脳裏に浮かぶのは、数馬のしょげた顔だ。
朝、学校に来て早々、この先にある薬草園に行かされた数馬はやはり不運なのだろう。今朝会った数馬はすでにぼろぼろで、ジャージに着替えて一生懸命髪をとかしていた。
梳かしおえても波打つ髪はそのまま背中に流しているから、珍しいなと首を傾げれば、数馬はしゅんと肩を落とす。
「穴に落ちた時に、落としてきちゃったみたい。シュシュ、気に入ってたのになあ」
「ふうん」
その時は気のない返事だけして数馬の教室を出た作兵衛は今、そのシュシュを探している。
「落ちた穴ってこれかあ、そんなに深くなさそうだけど、落ちてねえなあ」
ぽかりとあいた穴を覗き込んで見るけれど、何もない。校舎からここまでくるのにも目当てのものは落ちていなかった。
薬草園の方かもしれないと歩を進めた時に、ざっくざくとある意味聞き慣れた音がして、作兵衛はぴたりと動きを止めた。
音のする方へ顔を向ければ、木立のすきまから予想通りの人物が目に入り、作兵衛はきっと眉をつり上げ大股でその迷惑な人物に近づく。
「綾部先輩」
「あ、埋めちゃダメだよ。まだ掘ってる最中なんだから」
眉間に皺を寄せてイーッと歯を見せるこの先輩は、とても幼く見える。しかしその表情よりも、彼の、数馬と同じように波打つ髪に目がいった。
肩につくほどの、男にしては長い髪を、普段の数馬と同じようにサイドで一つに縛っている。
「みつけた!」
勢いよく指さされた綾部はこてんと首を傾げる。
「僕を捜してたの?」
「それ! その髪飾り! 数馬のです!」
「ああ、うん、髪縛るのにちょうどよかったから拾ったんだけど、はい」
泥だらけの手でためらいなくシュシュを外し、綾部は作兵衛の手にそれをのせた。汚れてしまっているのがなんだか残念だ。このまま渡したら、数馬ががっかりしないだろうか。
しかし、今はどうすることもできないから軽くはたくだけにとどめる。泥はへたをすると布地に入り込んでしまいそうでこわかった。
「ねえ、なんでそれ僕のじゃあないってわかったの?」
「みてれば、数馬の気に入ってるものくらい、わかるから」
スコップにもたれての綾部の質問に、作兵衛はほぼ反射で答えてすぐに後悔をした。なんて恥ずかしいことを、と慌てて口を手で押さえると、無表情が常の綾部が珍しくにやりとした。
自分の気持ちを吐露したようなものだ。相手に届いてしまった言葉は取り消すことはできやしない。恥ずかしくて恥ずかしくて、作兵衛は俯いた。自分の鼓動が煩い。こんなにも冷たい風が吹いているのに、火照って仕方ない。
そんな感情を追いやりたくて、作兵衛は水に濡れた犬のように大きく首をぶるぶると横に振ると、綾部を睨んで強めに発音する。
「綾部先輩、穴掘りもたいがいにして下さいよ!」
「それは、富松に人の面倒を見るなと言っているようなものだよ。無理。それより、あのこのお気に入りなんだろう? 早く渡してきたら?」
揶揄するような言葉は、すでにおもしろがる響きをもってはいない。穴掘りの邪魔だからはやく追い返したい、という意図をはっきり感じて、作兵衛の眉間にシワが刻まれた。
「それでも何度でも言いますし、埋めてまわりますから」
きっぱりと言い放ち、それでも作兵衛は踵を返すともう殆ど走る勢いで校舎へ向かう。
目に浮かぶのは、先程と同じで太い眉を下げしょげている数馬だ。
予鈴が鳴る前に、数馬に渡してやりたい。
(でも下ろしてるのも、)
好きだ、と考えて、作兵衛はまた顔を赤らめる。そんな個人の感情より数馬の感情だ。広がりやすい髪を、数馬は気にしているから早く渡してやらなければ。
数馬のお気に入りのシュシュを見て、力を加減して改めて握り締める。
(おれも、数馬の気に入るもの、あげてえな……)
足早に校舎に向かう作兵衛を、突然強く吹いた風にざわめく木立が追い立てた。





素材: NOION

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