「どどど、どうする、三反田・・・!」
「おおお、おちついて! えーとえーと、携帯! あ、電池切れてる。」
がちゃがちゃとドアノブをひねっていた作兵衛は、数馬の言葉にはっとして自分の携帯を取り出す。
幸いな事に作兵衛の携帯は電池も切れていなければ、圏外でもない。 よっし、と呟いて、左門にかけようとしたが、その動きが止まる。
「・・・あいつらじゃ、ここにたどり着けねえで迷子になるな。 三反田、浦風の番号わかるか?」
電池がないんじゃわからねえか、と続けようとした作兵衛は、数馬が頷いたのに驚いた。
言われたとおりの番号を押せば、程なくして相手が出る。
「浦風、おう、社会科準備室に来てくれ。 その三反田も一緒なんだよ。 入るときに立て付けわりいなとは思ってたんだけど、おう、でられねえ。 閉じ込められた。 あ、迷子共には知らせるなよ。 お、伊賀崎そばにいんのか。 おー、よろしく頼む!」
ぴ、と通話終了のボタンを押して、不安げな数馬を見た作兵衛は、少しでも安心させられるようにと笑んだ。
「浦風も伊賀崎も、すぐ来るって言うから。」
「ありがとう。 ぼく一人じゃ、どうにもならなかったよ。」
「だな。 三反田は携帯の充電池も持ち歩け。」
「うん・・・。」
しゅん、と項垂れてしまった数馬の頭を撫でてやりたい気持ちを作兵衛は抑えて、その顔を覗き込む。
「今日はたまたま、おれもここに用があっていたからさ、良かったけど。」
「・・・うん。」
「でも、おれにとっても、お前がいて良かった。 お前、変なとこで強えからよ、今だってお前が携帯って言ってくれたから、授業始まる前にあいつら呼べたし。 な。」
その言葉と笑顔に、数馬は、やっぱり作兵衛は優しいと思って、きゅうとしめつけられる気がした。
二人きりのこの状況は、どう考えても心臓に悪い。
ものばかりが多い、この部屋では、身を寄せ合うように並ぶしかない。
程近くにある作兵衛の顔が、まともに見れなくて、数馬は顔を伏せた。
それを、どうとったのか、作兵衛が苦笑する。
「でも、一緒にいるのが浦風だったらさ、もっと安心できたか。」
「え、」
思いもしなかった言葉に、数馬は伏せていた顔を上げる。 視線が近い位置で合わさって二人は慌てて顔を背けた。
ばくばくとうるさい心臓に飲み込まれてしまいそうで、数馬はそれから逃れるように口を開く。
少し、震えた声になってしまったけれど、気づかないふりをする。
「な、なんで? 藤内なの?」
「なんでって、・・・つきあってんだろ。 そう、聞いたけど。」
ズキリと痛んだ胸は、どちらもだった。
外から聞こえてくる、はしゃいだ遊び声がやたらと響く。
数馬は、少しでも平静に聞こえるようにと願いながら、否定するために口を開いた。
笑って言いたかったけれど、そこまでは無理で、少しこわばった表情になってしまう。
「しょっちゅう、間違われるんだけどね、違うの。 藤内は確かに大事な親友だけど、そんな関係じゃない。」
「・・・え、」
「信じないなら、いいけど・・・。 でも、富松くんに誤解されたままなのは、・・・嫌だな・・・・・・。」
本心を隠さずに言えば、作兵衛は驚いたように目を丸くしたあとぽつりと口を開いた。
「、後で、撤回すんなよ。」
「うん。 本当の事だもん。 撤回も何も、」
無い、と言いさした所で作兵衛が長い息を吐いた。
今度驚いたのは数馬の方で、首を傾げる。
どうしたの、と問いかける数馬に、作兵衛は何でもねえと答えるのが精一杯だった。
思いも寄らなかった真実に、じわりと、こみ上げてくるものがあって、作兵衛自身慌てる。
こんなところで泣いたりしたら、それこそ、どうしたのと問われてしまうし、なにより情けない。
諦めなくてもいいのだと、この思いにまっすぐ向き合っていいのだと、作兵衛は信じられない気持ちで数馬を見やった。
「おーい! 数馬大丈夫ー?」
突然外からかかった声に、数馬がぱっと笑顔になりドアの方を向いた。
「藤内!」
その笑顔が、いつか自分にも向けばいいのに、と思いながら、作兵衛も外へ声を投げる。
「頼むなー!」
「うん、ドアから離れててよ。」
「おう、」
作兵衛は数馬をドアから庇うように前に立ち、いいぞと合図すれば、藤内と孫兵がドアに体当たりを始めた。
ばん、と一際大きな音をたててドアが開くと、待ち望んだ外の空気が流れ込んできた。
「もー、戻ってこないから心配したよ! 連絡もよこさないし!」
数馬の顔を見たとたん説教を始める藤内に、作兵衛は苦笑を零す。
あっという間に日常に戻ってしまうけれど、ほんの少しの非日常の間に自分の心持ちは考えられないほど大きく変わってしまった。
「富松」
「おー、伊賀崎ありがとな!」
肩を押さえた孫兵が含み笑いをするのに、作兵衛はなんだよ、と眉をしかめる。
そんな友人に孫兵は、だから人に怖がられるんだよと、言いたくなるのを抑えた。
きっとこの友人はそんな事を気にしないだろうと思えたので。
代わりに、作兵衛の肩をたたき、別の言葉を口に乗せる。
「まあ、がんばりなよ。」
怪訝な顔をされると思ったその言葉は、今はまっすぐ作兵衛に届いたようだ。
「・・・ありがとな。」
「ふふ、まずは、名前で呼べるように応援してるよ。」
孫兵が言うと、作兵衛の顔がごまかしようもないほど赤く染まった。
ちょうど、どうしたら数馬、と呼べるだろうと思案していた所だったのだ。


おわり

もどる