境界線と交差点


数馬と孫兵
登校時間
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廊下で孫兵の姿が見えたので、孫兵、と呼び止めた。
世間ではイケメンとの声が名高い幼馴染みの『伊賀崎孫兵くん』だけれど、数馬にとっては、毒を持っている生き物を偏愛する変わり者の幼馴染みでしかない。
その孫兵は、長袖のシャツを肘までたくし上げて、ついでに制服のズボンまで脛の辺りまでたくし上げている。
きっと今日も生物委員の仕事に夢中になっていたんだろう事は、見ればわかった。
こんな格好をしていても、この学校の女の子たちにはイケメンの伊賀崎孫兵くんなのだ。 数馬には不可思議でどこがと言いたい。
「数馬、今日、生物委員で飼育している毒トカゲの赤ちゃんが生まれたんだ! もうすごく、すごくかわいいんだっ」
常とは違ういきいきとした笑顔に数馬は溜息をつきたくなる。 彼が頬を上気させる出来事はいつだって、こういう類だ。
少しは人間らしくなりなよと言ってやりたい気持ちを数馬は抑える。 言った所で変わらないだろうし、変わってしまっては、それはもはや孫兵とは言えない気がする。
「わかった、孫兵が生物委員でこっそり飼ってる毒トカゲちゃんは後で写真撮って見せてくれればいいから。 それより、今日お弁当忘れたでしょ。 おばさんに頼まれて持ってきてるよ。」
「え、どの角度から取ったら一番かわいいだろう。 いや、どの角度から見ても、あの一生懸命に生きようとする姿はいっその事美しいよ!」
「会話を繋げてほしいのはそっちじゃない。 お、べ、ん、と、う!」
「え、弁当?」
きょとんとした様子の目の前の『イケメン』に数馬は今度こそ溜息をついた。
「生命活動にはエネルギー摂取も必須でしょう。 教室にあるから、お昼までにうちの教室取りに来てよ。」
素直に頷く孫兵に、ようやく数馬も安堵する。
お昼休みにおかずを貰おうと考えれば自然に頬も緩んだ。
「あ。」
「え?」
数馬の後ろに何かを見つけたらしい孫兵は声を上げて手を振る動作をした。
誰だろうと振り返れば、そこには作兵衛がいる。
ぱっと数馬は嬉しげにおはようと手を振った。 おう、と返す作兵衛はどこか複雑な表情に見えて数馬は首を傾げた。
孫兵はそんな二人の様子に頓着しないで、今日、毒トカゲの赤ちゃんが、と話し始める。
「あ、今日の孫兵は話通じないよ。」
「そうみてえだな…。」
結局始業のチャイムが鳴るまで、孫兵が興奮のままに話し続けるのを聞く羽目になった。




藤内と数馬
二時間目と三時間目の間の休み時間
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「数馬。」
「あ、はいよー。」
教室の戸口に孫兵が立つと、数馬がさっと鞄を取り中から包みを取り出す。
それが弁当箱だという事は見てわかるけれど、ああ、また孫兵は弁当を忘れたのか、と自然に思ってしまう藤内は、思わず一つ笑った。
ともすれば弁当の手渡しなんて恋人同士に見えてしまいそうなのに、このクラスでそう思うものはもう誰もいない。
日常茶飯事すぎるのだ。 孫兵に弁当を渡しておかず貰うからね、と言う数馬も生物委員のペットを自慢する孫兵も。
「もー、やっと戻ったよ、あの毒生き物マニア。」
数馬はそう言いながら、藤内の前の席に座る。
おかしそうに笑った藤内は、スカートの皺を伸ばしながら数馬のくるくるした髪を見た。
「私ね、数馬は孫兵みたいなかっこいい子と一緒にいるのに、どうして作兵衛を好きになったんだろうって最初不思議だったんだけどね。」
「とーない!」
数馬の顔が赤く染まり困った表情になる。 それを微笑まし気に見た藤内は、大丈夫だよ聞こえないよと笑う。
「今はわかる。 まあ、なんで作兵衛なんだとは思うけど。」
「うう、もう、不意打ち止めてよ。 びっくりするよ。」
まだ赤い頬に手を当てて、じたじたと足をばたつかせる数馬はかわいい。
「数馬って、小さい頃から孫兵と一緒なんでしょ?」
「うん。 ってそれが言いたいなら作兵衛の事はいいじゃない。」
「ごめんごめん でもそんな顔で睨まれてもかわいいだけです。 孫兵って、昔からああなの?」
「うん。 あー、でも今は飼育できる場所があるから少しはましになったよ。 きっとそういう話分かち合える人ができたんだね。」
そうにこりと笑う数馬はどこか孫兵のお姉さんに見える気もして、藤内は目をぱちりとしばたいた。
どう見たって姉弟に見える二人ではないのに。
そう思った所で、チャイムが鳴る。
鐘の音と共に教室に入ってきた教師に気付いた学級委員長が起立の合図をするので、会話はそこで終了した。




作兵衛と孫兵
四時間目 合同体育
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自分のチームの試合が終わって、作兵衛は汗を拭いながら地面に直接座る。
左門も三之助も、まだ試合中で楽しげにコート内を好き勝手走り回っている。 それを見て作兵衛は口元を緩ませた。
これで少しは疲れて迷う元気がなくなればいいのになあ。 …本音である。
「作兵衛、お疲れ。」
「おー、孫兵んとこも終わったか。」
「なんなのそっちの組。 相変わらず体力有り余ってる奴らばかりだね。」
作兵衛はこっそりと驚く。
朝とは違い、今は随分と話が通じるではないか。
孫兵は、そうだ、と何か思いついたようだった。
「作兵衛、数馬に弁当わけてあげなよ。」
「はっ!? か、数馬…?」
「うん。 なんかお腹空いてるみたいだから。 さっき弁当受け取りに行ったらなんか寄こせっていうんだよね。」
その言葉に作兵衛は眉根を寄せてから、自分の膝に顔を埋めた。
そのまま喋るとくぐもった声になる。 聞き取りづらいその声は、それでも孫兵に届いた。
「数馬ってほんとお前には遠慮ねえよなあ。」
「は? 羨ましいとでも言いたいの?」
心外そうな言葉の響きに、作兵衛が顔を上げる。
「だって、おれには弁当のおかずくれなんていわねえし。」
「…変わってるね作兵衛は。 そんな事言われたいの。」
心底わからないと綺麗な眉間に皺を寄せた孫兵は、だったら、自分からあげると言えばいいのにと首をひねる。
「や、別に、弁当の話だけじゃねえけど。 …あーいいや、孫兵に話したって意味ねえもんな。」
「そうだね。 でもまあ、数馬もまんざらじゃないんじゃない?」
どうでもよさげに呟かれた言葉に、作兵衛の顔が、驚きに満ちる。
「な、え、」
「まあ、適当だけど。」
「…そうかよ。」
作兵衛はまた力なく、膝に顔を埋めた。




孫兵と数馬
放課後
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「数馬。」
「あれ、孫兵怪我したの?」
まっすぐ保健室に来るなんて珍しい、と数馬が顔を上げる。
開いた窓からそよそよと入る風にカーテンがそよぐ。
ひっそりとしたこの消毒液くさい小さな部屋を、孫兵は少し苦手としていた。
それでもここへ来たのは、見せたいものがあったからだ。
「ほら、数馬。 かわいいだろう?」
ぱっと、携帯を差し出されて、数馬は、あ、と小さく声を上げた。
たっぷり忘れていたとわかる間をあけて、数馬はようやくにこりと笑む。 愛想笑いもいい所だ。
「、かわいいね!」
「そうだろう!?」
数馬が忘れていた事など、どうでもいい孫兵はぱっと満足げに笑う。
「でも、その携帯孫兵のじゃないよね?」
「ああ、今日携帯忘れたから借りたんだ。」
「携帯もわすれてたの…。」
呆れたように非難の目を向ける数馬には構わず、孫兵は言葉を続けた。
「写真を撮りたいって話をしたら、先輩が貸してくれた。 撮るときも協力してくれて。 まだたくさんあるよ、ほら見て。全部見て。」
嬉しげに見える孫兵を見て数馬は、その表情は果たしてペットのせいだけなのだろうかとひそりと疑問に思う。 答えは孫兵の中にも出ていないだろうから、下手につつく事はしないけれど。
「数馬は虫も爬虫類も嫌がらないからね。 そこは評価してるよ。」
にこにこと言う孫兵に、数馬は苦笑で返す。
「いちいち驚いていられないよ。 なにより物心つく前からこんな調子じゃない。」
まあね、と孫兵は機嫌良くかちかちとキーを押して、数馬にとってはそれほど違いのわからない大量の写真を見せ続けた。



おしまい!

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