「作兵衛、今入っていいか?」
とんとんと、扉がたたかれて、おう、静かに入れと作兵衛は声を掛けた。
左門は声でわかったけれど、三之助と孫兵も部屋に入ってきた。 全員上掛けを手にしている。
乾燥するといけないからと、伊作先輩に湯を沸かすよう言われていたので、この部屋には湯気が漂っていた。 ぼこぼこと、湯の煮立つ音が部屋を支配する中で、作兵衛は聞こえる最低限の声で3人に注意をする。
「おめえら、ぜったい風邪うつるなよ。 数馬が気にしてっから。」
「なんだよ作兵衛はいいのかよ。」
三之助が不満げに言って、数馬の枕元に座る。
腕を伸ばして数馬の頬に触れた三之助は、あっつ、と呟いた。
「熱が、さっきから少しも引かなくてな。 …代替の薬だから、少し長引くかもしれないって伊作先輩が言ってた。」
「寒そうだな、数馬。」
「持ってきたのが役に立ちそうでよかったよ。」
ふわりと手にしていた布を3人が数馬に掛ける。 数馬は変わらず浅い息を繰り返していて、3人とも不安げな表情になった。 …おれもきっと同じ顔をしている、と、作兵衛は思う。
「…数馬、僕らの時より辛そうだな。」
左門にしては小さな声でそう言うと、孫兵も同意を示して頷いた。
「…作兵衛、ずっと診てるの大変だろ。 替わろうか?」
孫兵の申し出に、作兵衛は首を横に振って断った。
「数馬、強情で。 おれが看病するって説得するのに結構骨が折れたんだ。 またそれを繰り返すと、数馬に負担がかかる。」
そっか、と、一様に項垂れたのをみて、作兵衛はみんな数馬の事が心配なのかと改めて感じる。 それが心強くもあった。
「でも、ありがとな。 数馬が目え覚ましたらお前らの事言っとくよ。」
「作兵衛、鍋の湯、なくなったら困るだろ。 オレ汲んでくるわ。」
三之助が言うが早いか、部屋を飛び出すのを見て作兵衛は焦った。
「おい、迷子になっても今夜は探してやれねえんだぞ!」
「作、大丈夫。 僕と左門も一緒に行くから。 二人とも、今日は驚くくらい、好き勝手な方向には走らないんだ。」
「数馬が、心配なのはぼくらも一緒だからな、少しは役に立ちたい。」
ぽん、とそれぞれに作兵衛の肩を軽くたたいて、二人は先に出ていった三之助を追った。


数馬は、ふわふわと夢の中を漂っていた。
ただただ、ぞくりと寒い。 不安になるような暗闇がそこにある。
(忍者のたまごじゃないか。 闇を怖がってどうするんだ。)
自分を叱咤した時だった。 手に何かが触れる。 それを見ようとして、自分がようやく目を閉じている事に気付いた。
数馬が目を開けて、真っ先に見つけたのは自分の手を握る冷たい手だった。
ゆるゆるとその腕を目でたどっていくと、作兵衛の顔にいきついて、数馬は少し笑った。
「…看病する人間が、そんな不安げな顔してたらだめじゃないか。」
「数馬…!」
作兵衛ははっとして数馬を見た。 その様子を見て数馬は、浅い息の中で、ふふ、と笑う。
「作兵衛の方がつらいみたい。」
「んなわけあるか。 っとに、数馬は。 …こんな時くらい、自分の事だけ考えてろよ。 ほら、さっきまた伊作先輩が来て、水飴おいてってくれたぞ。」
「わあ、いいのかなあ。」
口ではそう言いながらも、数馬の目はきらきらと輝いている。 とろりと甘いそれは、もともと数馬の好物だ。
苦笑した作兵衛は水飴を匙ですくおうと、握っていた数馬の手を離す。
離された数馬は、反射的に声を上げていた。
「あっ…。」
「ん? どうした?」
「なんでもない…。」
数馬は、自分の手を寂しげに見た。 また握ってとはとても言えない。 …言えば握ってくれると、わかっているのだけれど。
作兵衛は不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこず、匙を差しだしてきた。
「ほら、口開けろ。」
「は…?」
「は、じゃねえよ。 起き上がるのつらいだろ。 食わせてやるから口開けろ。」
「っ!! む、無理無理、恥ずかしい!!」
「膝枕よりかは恥ずかしくねえだろ。」
作兵衛にこの間の、みんなが臥せったときのことを引き合いに出されて、数馬は唸り声をあげた。
「絶対、食べさせてもらう方が恥ずかしい。」
「んなことねえよ。 ほら。」
作兵衛は構わず匙を数馬の口元へ差し出してくるので、憮然とのせられた水飴を見る。
少し逡巡した後で、結局は渋々と数馬は口を開けた。
その頬があついのは熱ばかりではなかったけれど、口の中に甘みが広がれば、嬉しくて顔が綻ぶ。
「ははっ ゆっくり舐めろよ。」
「…作兵衛、治ったら覚えてろよ…。」
恥ずかしくて、恨めしげにそう言ったものの、水飴が喉に嬉しくてあっという間にたいらげてしまった。
作兵衛がぼこぼこと音をたてる鍋を見ようと立ち上がった時に、数馬はまた小さく声を上げた。
「どうしたんだ?」
「…、なんでもない。」
「なんか、あんだろ? 聞くから。 …それしか、おれ、できねえし。」
うなだれてしまった作兵衛を見て、数馬は何だか笑ってしまった。
できる事がないなんてどうして言えるのだろう。 傍にいてくれるだけで、こんなにも慰められているのに。
「…本当に、なんでもないんだ。」
数馬は心からそう言ったけれど、作兵衛は納得しなかった。 考える顔になりながらも煮立つ鍋を見て、水をつぎ足す。 じゅわあ、と音をたてた後、静かになった。
作兵衛はまだ眉間にしわを寄せて考えている。 手が離れた時と、作兵衛が立ち上がった時、何だか寂しく感じて声を上げてしまった数馬だったけれど、それほど大した意味はなかった。
だからきっと気付かない――、そう思っていたのに、作兵衛は何かに気付いたようだった。
傍によって、素早く数馬の手を取る。
「!」
「あたりだろ。」
にかっと笑って、作兵衛は誇らしげに言った。
「数馬は甘え下手だからな。 心配しなくても、こっから動かねえよ。」
なんと答えたらいいかわからなくて数馬はそっぽを向いて、目を閉じる。
そのまま寝たふりを始めたけれど、作兵衛は手を離しはしなかった。 その事が嬉しくて、けれどそう思う事が気恥ずかしい。
寝たふりを続けるうちに、数馬はまた眠りへと落ちた。



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