飾り紐

長屋の端で数馬を見つけたので、作兵衛は呼び止めた。
くるりと数馬が振り返り作兵衛を認める。
「なあに?」
「お前さ、結い紐ほしがってたよな? 前の女装実習でぼろぼろにしたって。 今町で安くやってるらしいぞ。」
「ほんとっ? ありがとう、明日休みだし行ってくるよ。」
「おれも町降りるから、一緒に行こうぜ。 で、だ。 実は、安くなるには条件があってな。」
「うん?」
「男女一組で行かなきゃいけねえんだ。」
「は?」
数馬がきょとんとする。 ええと、それはつまり。



「お嬢ちゃんこれはどうだい?」
「わあ、花の飾りが可愛いですね。」
数馬が、精一杯可愛く振る舞っているというのに、作兵衛はその度に吹き出しそうになっている。
今も、お店の人が疑いもせずあれこれと飾り紐を持ってきてくれてる間、作兵衛は傍らで俯き肩をふるわせ笑いを堪えていた。
(ちょっと、作兵衛がそんな態度じゃ疑われるじゃないか…!)
肘でつついて注意をしていると、それを店の人が気付いて、おう兄ちゃん、と声を掛けた。
いきなり自分に声を掛けられて、作兵衛は慌てて笑いを引っ込め、顔を上げる。
「なんですか?」
「こんな可愛い嬢ちゃんが、一生懸命選んでるんだ。 彼氏も一緒に選んでやるってのが筋ってもんだろう。」
作兵衛は必死の思いで頷いた。 吹き出してはいけない。
「じゃ、じゃあ、数、こっちこい。」
「はあい。」
店の人は、顔を赤くして立ち上がり背中を向ける作兵衛を、初々しいねえ、と見送り、他の客に声を掛けに動いた。
「もう、作兵衛、怪しまれるでしょうっ」
数馬が小声で文句を投げつけると、悪い悪い、と返ってくる。 その声はやはり笑いに震えていた。
「でも数馬が、可愛い嬢ちゃんとか…っ どう見たって、男が女物の着物着てるようにしか見えねえのに…っ それにその言葉」
「数だよ。 あのねえ、それは作兵衛がぼ…わたしの事をよく知っているからでしょ。 もう、お願いだから普通にしててよ、おちおち選んでられないじゃない。 言葉遣いも聞かないふりしててよ。」
ふいっと数馬はそっぽを向いて棚に並べられている飾りを見始める。
まだ収まりきらない笑いをかみころしながら、作兵衛もそちらに目を落とす。
どれもそれなりの細工がなされていて見た目にも華やかだ。 作兵衛は、これくらいなら自分でも作れそうかなあ、と一つつまんだ。
作り方はおそらくこうで、手順はこうすればいいだろう。 布の調達だけが面倒かもしれない。
考えている内に、笑いが収まっていた。 すっかり作る気になって、数馬には何色がいいだろうと思いを巡らす。
「数、あれ?」
数馬がいた所に目をやれば、いつの間に移動したのか、そこにはいなかった。 店内をぐるりと見渡す。
けれど後ろ姿の彼をすぐ見つけられず、作兵衛は首を傾げた。
いやいや、店を出るなら自分に声を掛けていくだろうから、店内にいるはずだともういちど顔を巡らす。
癖のある髪だ、と思えば今度はすぐに見つけられた。
複雑な気持ちで近づけば、気配で気付いたのか声を掛ける前に数馬は振り向いた。
「作兵衛、笑いは収まった?」
からかうように言われたけれど、それには応えず作兵衛は数馬の顔をまじまじと見る。
「な、何?」
「さっき一瞬、女の子に見えた。」
「え、ほんと!?」
ぱっと、数馬が笑顔になった。 女装実習はさんざんで補習になってしまったので、補習を控えた今その言葉は単純に嬉しい。
「後ろ姿だけな。」
「…えー、仕草とか表情は?」
「思いっきり数馬。」
そう作兵衛が応えた所で、す、と人が寄ってきた。 数馬は気付いて体をずらしその人が棚を見やすいようにと場所を少し空け、相手ににこりと微笑んだ。 向こうからも笑顔が返される。
笑顔を返した女性も、付き添いと思われる男性も数馬が男だとは微塵も気付いていない様子だ。
それを傍らで見た作兵衛はまた吹き出した。
もう、と数馬が文句を言うのが聞こえて、顔を引き締める。
周りは完全に数馬を女の子としてみているのだから、自分の感覚がおかしいのだろうか。 いや、ここにいつもの面子がいたら、そろって吹き出していただろうと作兵衛は思って、また口元がだんだんと緩んでくる。
数馬もそんな作兵衛にあれこれ文句を言うのは諦めた。 笑いたければ笑えと膨れて棚にある髪飾りを手に取る。
「数馬、そういう色好きだっけか?」
「…顔、まだ笑ってる。」
「笑いかけてんだよ。」
にやけてるってば、と数馬は小さく零して、最初の問いに答える。
手元にある、淡い青の花。
「きれいな色だなあって。 この花もすごい細かいよ。 うーん、でもすぐだめにしちゃうかもだしなあ。」
棚に戻そうとする数馬の手を、作兵衛が掴んだ。 え、と数馬が顔を向ける。 見慣れた数馬の顔。 髪を下の方で結って女物の着物を身につけているけれど、紛れもない、数馬だ。
本当に、なんで女に見えるかなあ、と内心で何度目になるかわからない疑問を呟く。
「多少なら、おれ直せるぞ?」
「え、ほんと? じゃあ、これにしようかなあ。」
言って数馬はくるくると飾りをいろんな方向から見たり、顔の横に持ってきたりしている。
作兵衛が何も言わないでその様子を見ていると、数馬が伺うように顔を覗き込んできた。
なんだよ、と目で問うと、数馬は大げさに溜息をついた。
「…作兵衛? こういう時は男の子が似合うって言った方がいいんだよ?」
「うっせ、今言おうと思ってたし! もうそれ買ってこい!」
「作兵衛は絶対もてない。」
やけにきっぱりと数馬は言い放って、店の人に声を掛けに行く。
二人のやりとりを見ていたらしい男女から笑い声が漏れた。
初々しい二人と見られたようで、やけに生温かい笑いだ。
作兵衛は、何とも言えない気持ちで、数馬が会計を終えるのを待つ。
どんなに周りが女の子と言おうとも到底自分にはそう見えない。 相手は数馬なんだから。 さっき後ろ姿で数馬を見失ったのも仕草を見ていなかったせいだ。
数馬が女の子に見えるなんて、全くあり得ない話なのだと、おまけをもらって嬉しそうに笑う数馬を見て作兵衛はふるりと頭を振った。


----------
ちょっとした仕草とか表情で、すぐいつもの数馬に結びついてしまって、いまいち女装数馬が女の子に見えない作兵衛。
でもたまに、数馬に見えない時もあって、そんなときはもやっとしちゃう。





もどる