日が進むにつれて、星が冴え冴えと輝いていく。
ああ、秋も深まりやがて冬が来るんだなあ、なんて考えて、数馬は一人口元をゆるませた。
こんな事考えるなんて柄にもない。 けれど今日は新月で本当に星がきれいだ。
委員会の当番が深夜にも及んだのは、生徒たちの間で風邪がはやり薬が底をつきそうなためだった。
はやり風邪に、保健委員の下3人も寝付いてしまったので、作業は伊作と二人になる。
少し休んできていいよ、と伊作が言ったため、数馬は今長屋へ続く廊下を歩いていた。
同室の藤内も熱を出して寝込んでいるから、様子が気になる。
すらり、と部屋の扉を開けて数馬は目を丸くした。
「どうしたの、みんなして。」
部屋にいたのは藤内だけではなく、い組の孫兵も、ろ組の左門、三之助、作兵衛もいた。 藤内はともかくとして他の4人も顔が赤い。
「風邪引いたもの同士、心強いかと思って。」
孫兵が言うのに、他の面子も頷いた。 なんだそれ、と数馬が呟く。
「それより、みんな医務室に一度でもきた? 今日ぼく夕方まで採薬にいってたから、知らないんだけど。」
それに藤内をのぞく4人は曖昧に視線を交わした。 それを見て数馬の目が険しくなる。
「で、でも数馬、医務室に行った事は行ったんだ!」
左門が慌てて口を開く。 三之助、作兵衛、孫兵もそれに続いた。
「だけど、人がたくさんいて、な?」
「おう、・・・おれらはちび共より、体力あるし」
「数馬からさ、風邪引いた時は、少しでもご飯食べてあったかくしていっぱい寝る事って、言われてたからそうしようって。」
「数馬?」
長く溜息をついた数馬に、藤内が掠れた声をかける。
「・・・言いたい事はたくさんあるけど、今は止めておく。 もう、夜も遅いけど起きてたって事は辛くて眠れないんだろ?」
まず水をもってくるから横になってろ、と言い置いて数馬は部屋を出た。
水を汲みに行くついでに、伊作に事情を話しに医務室へ行く。
伊作は話を聞くと、出来たばかりの薬と看病で気をつける点を伝えた。
「今日は、その子たちを診てあげて。 数馬も合間を見て休むんだよ。」
伊作はそう言って、励ますように数馬の頭を撫でた。
いつもなら、嫌だと感じるその行為も今は素直に受け取れた。 思いの外、心細かったのかと、自分で驚く。
顔を上げれば、伊作の目にも隈ができ疲労は目に見えている。 けれども伊作は安心させるように微笑んでくれた。
「伊作先輩も。」
そう言って数馬は、伊作に頭を下げた。
頑張って下さい。 頑張りましょう。 何と言っていいかわからなかったから、数馬はただ頭を下げて医務室を後にした。
部屋に戻りみんなに水を飲ませると半時ほどで、ようやく寝息が部屋に満ちた。 数馬は安堵する。
冷やした手拭いをそれぞれにあててやるついでに、おでこに手を当てて熱を測る。
だいぶ熱くて、数馬はまたひそりとためいきをついた。
7歳を越えたからといって、男子である以上風邪や病気は油断ならない。 男子は生存率が女子に比べてぐんと低いのだから。
作兵衛の汗を拭いてやろうと手を伸ばすとその手首を掴まれた。
「ごめん、起こした?」
極めて小さな声で言うと、作兵衛がゆるゆると首を振る。
「熱、高いからつらいだろ。 でもちゃんと寝てれば、朝、少しは下がるから。」
「数馬、は、すごいな。」
苦しい息で作兵衛が言うのに、数馬はえ、と聞き返してしまった。
すると作兵衛は掴んだままの数馬の手を自分の頬に宛がう。
「冷やっこい。」
嬉しそうに口元を笑みの形にして、作兵衛はそのまま寝てしまう。
しばらくぽかんとしてから、数馬は呆れたように笑った。
全く、何がすごいのか。
手が冷たい事? 一人だけ風邪を引かない事?
明日の朝には作兵衛は覚えていないだろう。
まあいいや、と数馬は作兵衛の手をほどこうとして、けれど思い直して作兵衛の頬を少し撫でてから離した。
早くよくなれ、と呟いて。
鳥の鳴く声にはっとして、数馬は目を開けた。 うたた寝をしていたようだけれど、まだ夜は明けきっていない。
辺りはまだほんのり薄暗かった。
耳を澄ますと、みんなの寝息はだいぶ楽なものになっている。
数馬はほっとすると、みんなの額にあてた手拭いを取り水に浸し絞る。
また額に戻し終わると、数馬は立ち上がり部屋を出る。
伊作を少しでも手伝えたらと思って医務室へと向かう。 きっと今も薬を作っているに違いないと思った。
「三反田数馬、失礼します。」
医務室の戸を開くと、薬草の匂いが数馬を包んだ。 けぶる湯気に視界が覆われる。
「数馬?」
衝立の向こうから、伊作がひょいと顔を出した。 数時間前より確実によれよれになっている。
「みんなの容態が少し落ち着いたので、・・・代わりますので、伊作先輩も少し休んで下さい。」
「数馬は休めた?」
聞かれて数馬は苦笑した。 人の事ばかりだ。 上級生だから下級生の事を考えるのは当たり前と伊作はいうけれど、そうする事のなんと難しい事か。
「はい、長屋で休みました。 伊作先輩ひどい顔、してますよ。」
伊作は数馬が隣に座りそう言うと、驚いた顔をしてから、苦笑した。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。 あちらで休むからわからない事があったら声をかけて。」
伊作はいくつか指示を出して、奥へと向かう。
数馬は鍋の中で煎じられてる薬草を確認してから、薬研で違う薬草を磨りつぶす。
よくこの匂いの中で寝る気になるな、と数馬は思った。 六年にもなれば自分もそうなるんだろうか。 想像できない。
知らず溜息をついていると、戸がかたりと音をたてて開いた。
「・・・数馬、いるか?」
「え、作兵衛、どうしたの? 具合悪くなった?」
驚いて、先程伊作がしたように衝立から戸の方へ顔を覗かせると作兵衛がほっとした表情になる。
「いねえから、こっちかなって。」
「・・・ぼくを捜してたの?」
数馬の側へ移動しながら頷く作兵衛を見て、寝てろ、と言おうとした数馬だけれど零れたのは小言ではなく笑いだった。
「ふふ、作兵衛ちっちゃい子みたい。」
「なっ」
「ふふふ」
大きな声を出すとせっかく休んでいる伊作が起きてしまうから、忍び笑いになる。
「そうだね、甘えるのは病人の特権だから。」
ほら、と腕を広げると、作兵衛が熱のせいばかりではなく赤くなる。
数馬は楽しげに笑って、動かない作兵衛の頭を撫でた。
「側にいる? この匂いが平気なら、いていいよ。」
「ん、鼻きかねえから、いる。」
匂いに参りそうな数馬は、ずるいなあ、と言って、作兵衛に横になるよう促す。
「ほら、枕にしていいから。」
「え?」
「膝」
ぽん、と自分の膝をたたいた数馬を見て、作兵衛はまた赤くなる。
「そんなの、おれ、本当にちっちぇガキみてえじゃねえか・・・!」
「嫌なら長屋に戻って、寝て。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
数馬はそれだけ言うと、鍋の様子を見、出来上がった薬を紙に包む。
さて、作兵衛はどうするかな、と思っていたら、膝に重みが加わった。
そちらを見ると、作兵衛が真っ赤な顔をして、目を閉じている。
そんな恥ずかしいなら長屋に戻った方がいいのに、と内心で笑いながら自分の肩にかけていた厚手の上掛けを作兵衛に掛けてやる。
「やっぱり数馬はすげえ。」
「何か言った?」
湯の煮立つ音で、作兵衛の小さな声は拾えなかった。
作兵衛は起きているようだけれど、寝たふりを決め込んでいるのでまあいいかと数馬は思う。
甘えられた事が、存外嬉しくて、頬がゆるんだ。
本当に寝てしまった作兵衛の額に触れる。 平熱とは言えないが夜中に比べたらだいぶ下がっていた。
まあ、朝は下がるものなので、まだ油断は出来ないけれど。
数馬が、煎じている鍋の火を止めた時奥から伊作が出てきた。 まだ隈は残っているが表情はさっぱりとしている。
これが六年生か、と感心してまじまじと伊作を見てしまった。
「ありがとう、数馬。 おかげですっきりした。 ・・・あれ? 作兵衛きちゃったんだね。」
数馬の膝に頭をのせて眠る作兵衛を見て、伊作が顔を綻ばせると、数馬は少し慌てた。
「あの、あんまり見ないでやってくれますか? 作兵衛、きっとものっすごく照れて慌てると思うので・・・」
「はは、了解 それと誰にも言わないから安心して。 ・・・数馬がこちらに来たから不安になったんだね。」
「みたいです。 まあ、そういう気持ちもわからなくはないですけど。」
「そうだね、・・・数馬がいてくれて助かったよ。」
「な、なんで、今の流れでそうなるんですか!」
いきなり褒められて数馬が本気で焦る。 戻ってきたとはいえ、殆ど医務室にはいられなかったのにと後ろめたい気持ちになってしまう。
「数馬も、一晩不安だったろう、よく頑張ったね。」
柔らかに労いの言葉をかけられて、数馬は、困惑した。
級友がみんな寝込んで、自分でどうにかなるか確かに不安だったけれど、それは保健委員として言ってはならない事だと思っていたのに、あっさりと伊作は言う。
「それを、数馬はみんなに見せなかっただろう。 だから信頼がこういう形ででたんだよ。」
伊作は作兵衛をちらりとみてから、もう一度、数馬に微笑んだ。
数馬は、なんだか泣きたい気持ちになって俯く。
伊作の言葉が、嬉しかった。 じわりと頬が熱をもつ。
「君が保健委員でよかった。」
朝になり作兵衛を起こして、長屋へ向かう途中で、作兵衛が拗ねたような口ぶりで数馬に言った。
「なんか、すげー嬉しそうだな。」
「え、そう見える?」
見える、と作兵衛がぶっきらぼうに言うのを聞いて、数馬は目を丸くした。
「どうしたのさ、医務室に来た時は素直だったのに、急にむくれて。」
「・・・・・・」
だんまりになる作兵衛を見て、これだから病人は何にへそを曲げるかわからないんだから、と心の内で文句を言う。
部屋の戸を開けようとした数馬の袖を作兵衛が引いた。
数馬が振り返ると、作兵衛が顔を上気させて呟く。
小さな声だったけれど、それは確かに聞こえた。
「伊作先輩と、同じ言葉になっちまうけど・・・」
言いづらそうに、そこで切って、けれど意を決して作兵衛は続きを紡ぐ。
「数馬が、いてくれて、よかった。 保健委員でよかった。 一晩側にいてくれてありがとな・・・」
その言葉に数馬はぱちくりと目をしばたいた。
ならばあの時作兵衛は起きていたのか。
伊作の目の前で、起き上がるのが恥ずかしかったんだろうか。 すっかり寝ているものと思っていた。
「そ、それだけだ!」
そう言って、作兵衛は戸を思い切りよく開けた。
中ではまだみんな寝ている。 その呼吸はもう殆どいつもの通りで数馬は安心した。
なのにその胸はうるさく鳴りたてていて、困惑する。
せっかく、伊作に自分を認められたようで嬉しかったのに、もっと嬉しくなるじゃないか。
数馬は胸の内で呟いて、みんなを起こしにかかった。
2011/10/31
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