〈注意書き〉
□ 富松作兵衛×三反田数馬(作兵衛→→→(←)数馬)
□ 前作までの「fabric」「ももとせ」「その想いの向かう先」の流れを継いでいます(読んでいなくても差し支えない程度)
□ 前作までいなかった浜守一郎がさらっと出ています。
□ 年齢操作あり。三年生が五年生に進級しています。
□ ネットに頼った浅い知識で、守護代、まむしの毒、という言葉を使っています。
□ 作兵衛と数馬の家族構成を捏造しています。
一 流るる花の ・・・・・・5
二 雨音 ・・・・・14
三 恐れ ・・・・・30
四 数馬のたたかい ・・・・・44
五 温度 ・・・・・52
六 戻ってきた日常 ・・・・・60
七 夏休み ・・・・・72
一 流るる花の
「数馬、ちょっといいか」
「あれ、作兵衛まだいたの。えっと、湯飲み洗いに行くから、少し待っててもらえる?」
「おう」
「藤内、ぼく食堂行ってくるね」
奥にいる藤内が返事をすると、数馬はお待たせと言って作兵衛に並んだ。数馬の頬が月明かりに照らされる。まるい頬は少しずつ固い線を描き出しているのがわかった。作兵衛は、自分はどうだろうかと自身の頬を撫でたがよくわからなかった。
「歩きながらでいい?」
「それ、半分持つ」
頷いて手を差し出すと、遠慮なく急須とやかんを渡された。両手がふさがる。
「で、どうしたの?」
改まると言いづらい物があったが、作兵衛はできるだけ平静を装って口を開いた。
「甘味屋、峠の」
「うん……?」
「帰ってきたらさ、一緒に行こう」
数馬の表情が明るくなる。
「わあ、いいね。そろそろ食べたいなって思ってたんだ。あんこおいしいよね、あのお店。藤内も喜ぶよ」
「えっ」
「え?」
作兵衛はぶるりと首を横に振った。みんなでと言えば確かに誘いやすいが、自分の望みを曲げてなるものかと、作兵衛は勇気を総動員して声を絞り出す。
「二人で、いきてえ」
きょとんとした顔が作兵衛を見た。それから何かを見極めようとするかのようにじっと作兵衛の目を見た数馬は、やがてくすりと笑う。
五 温度
数馬を待ちながら、作兵衛はどんどん気分が沈んでいくのを感じた。せめて晴れていたらと何度考えたかわからない。
屋根を伝って落ちて来る雨はさながら滝だ。雨落拍子どころではない。どどどどと言う音がひっきりなしに耳を塞ぐ。
こんなひどい雨の中では、無事だとしても数馬はどこかで雨宿りをして帰ってこないだろう。そうとわかっていても軒先から動く気分にはなれなかった。
(無事に決まってる。なんだよ、無事だとしてもって)
作兵衛は蹲ったまま頭を抱えて呻く。こんな時、悪い方へ考えすぎる自分が嫌になってたまらない。ごうごうと降る雨に、悪い考えなど全て流されてしまえばいいのに。
いつだったか、数馬が山へ薬草を採りに行った時も、今程ではないが大雨になったことがあると作兵衛は思い出した。あの時は作兵衛も数馬も三年生で、まだ、数馬に特別な感情を抱く前だった。
(あの時は、探しに行っちまったんだ)
ぬかるむ地面に足を取られて何度もヒヤリとした。数馬が急斜を転げ落ちてないかと下の方ばかり見ては、自分が転げ落ちそうになる。そうやって、やっと見つけた数馬は、きちんと、雨の当たらない安全な場所にいた。泥だらけの作兵衛を見て、数馬は悲しそうな顔で、無謀なことをするなと怒った。足を滑らせて滑落したらどうするつもりだったのだと、きつい口調になる数馬は、今さっきまでの自分に見えて、その心配の度合いがわかってしまい、心底反省した。数馬はきちんと避難場所を確保していたのに引き替え、自分は何も考えずに飛び出してきたのだから言い返せるはずもない。
「心配しないで」
耳の奥で、あの時の数馬の声が聞こえて、作兵衛は呟いた。
「無理だ……、すげえ、不安だよ」
数馬はきっと、眉を下げて仕方ないなという風に笑うのではないだろうか。そして、それでも危ないことはするなと釘をさすに違いない。
(どこにいるんだよ)
雨のせいで、気温が低くなっている。作兵衛は背筋がぞくりとして身震いをしたが、それでも宿の中に戻ることなど思いつきもしなかった。
七 夏休み
「あ、数馬、あそこだ。じいちゃんち。ほら、外でじいちゃん待ってる」
山の中に構えた家は、そこそこの広さがある。一人で住むには広すぎるとよく愚痴をこぼしている割に、祖父はこの家を出るつもりは全くないらしい。いつも一人だからか、夏休みのはじめに遊びに来る孫を心待ちにして外で待っているのは毎年のことだ。
山守をしている作兵衛の祖父は、がたいがよく、初対面だと少し怖い印象を抱くらしかった。しかし数馬は作兵衛の祖父を見ると顔を綻ばせた。不思議に思ったが、理由を問う前に祖父がこちらに気がつく。ひげが口に合わせてひょこひょこ動いた。
「おおい、待っとったぞ。今年もよく帰ってきたなあ」
ゆったりと手を振る祖父に、同じように手を振ると、数馬は隣で頭を下げる。
「ただいま、じいちゃん。こっちが文に書いた、数馬」
「おお、よくきたなあ、数馬。なにもないところだが、ゆっくりしていけ」
「はい、お世話になります」
礼儀正しく頭を下げた数馬を見て、祖父は盛大な笑い声を上げる。
「自分の世話は自分でするものだ。さあさあ、早く中に入れ。菓子でも食うといい」
大きな手のひらで数馬の頭を乱暴に撫でてから、背中を押す。目を白黒とさせる数馬に、作兵衛は吹き出した。
自分の世話は自分でするものと言いつつ、祖父はたいそう世話好きだった。
夕飯時になると、祖父は二人に座っていろと言って台所に立ってしまったので、居間に二人きりになる。
数馬が堪えきれないように小さく笑い出した。机に手をおいていたので、ささやかに振動が伝わり、湯飲みに小さな波紋がうまれる。
「作兵衛はおじいさん似だね」
「……そんなこと、初めて言われたぞ」
「ええ、嘘。そっくりじゃないか。うーんとね、目が似てるよ」
「目?」
「うん、あとは仕草かなあ。ふふ、作兵衛を見つけた時のおじいさんの顔、ぼくを見つけた時の作兵衛の顔にそっくりだった」
作兵衛は自分の頬をぺちぺちと叩いた。熱い。自分が数馬を見つけた時、あんな満面の笑みを浮かべているというのか。恥ずかしくて埋まってしまいたくなる。
知ってか知らずか、数馬は作兵衛が赤面したことには触れずに、穏やかに言葉を続けた。縁側から見える星は、曇っているせいで少ない。それでも数馬は空を見上げる。
「作兵衛が、そうやって嬉しそうに笑ってくれるの、いつも嬉しくなる。そういう作兵衛の素地をつくったのはきっとおじいさんなんだね」
「……そうかもな」
恥ずかしさを全部祖父に押しつける気持ちで作兵衛は頷いたが、言われてみれば一理あった。幼いころ、忙しい両親に代わり、自分の面倒を見てくれていた祖父の影響は大きい。
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