*注意*
◆年齢操作 三年生が五年生に成長しています。
◆女装 数馬と利吉が女装しています。
◆カップリング 富→→→(←)数 です。
◆モブ 薬問屋のおじいさん
団子屋の息子
町娘 がいます。
◆前提 「その想いの向かう先」の内容が少し出てきます。(読んでいなくても大丈夫な程度)
冬霞
一月十日
なぜ新年早々、自分は慣れない着物に身を包み、顔に白粉やら紅を塗っているのだろう。
山道を歩きながら、数馬は自分自身に溜息をついた。
今年は比較的温かいから雪も降らないし、道も凍っていないのが幸いと言えば幸いだ。学園を出て数刻も経たずに山道が終わる。数馬はもう一度息を吐いた。いいかげん覚悟を決めなければ。今日から一週間、数馬は町娘として過ごさなくてはならなかった。
五年生に進級してから何度も薬を買いに来ている町なのに、普段と違う格好だとなんとなく雰囲気が違って見える。
着物のせいで歩幅がせまいからだろうか。袴で颯爽と歩く時と比べて、流れる景色がゆっくりに見えるのかもしれない。もしくは、男と女とでは周囲の目が違っているのかもしれなかった。
賑やかな通りを抜けて、数馬は目的の薬問屋の前で立ち止まった。また溜息をつきそうになったが、ふるりと頭を振る。帰りたい気持ちを押しやって、拳を胸の高さに持ち上げた。戸を叩くと間髪入れず店主が飛び出してきて数馬は目を丸くする。老爺の破顔に、数馬は曖昧な笑みを浮かべた。
(女装して五日間過ごすのかあ……できるかなあ)
こんなに長い時間、しかも町にとけこまなくてはならないとなると、さすがに不安になる。せめて誰かいればとぼやきそうになって、数馬は頭を横に振った。ゆるく結った髪が重く揺れる。
店主はいつになくご機嫌で、見ればすでに旅支度を終えていた。今か今かと数馬を待っていたのがありありとわかる。
「それでは、くれぐれも店の留守を頼むぞ。忍たま」
「……本当に学園の関係者だったんですね……。初めから言ってくれればよかったじゃないですか」
「それじゃあ面白くなかろう。さて学園長の許可が出たんじゃから、腹をくくれ、おまえは今日から一週間わしの孫娘じゃ」
数馬が溜息をつくと、老人は更に楽しそうに笑い、荷物を背負う。
先週、冬休みが終わり、さっそく不足している薬草を買いに来たのがそもそもの始まりだ。
いつもの長話のなかで、温泉に行く予定があるが何十年も前に留守中の店に盗みが入った事が気にかかるとぼやいた老人が数馬を見て膝をぽんと打った。
その時はまったくわからなかったのだが、数日後、学園長先生に呼ばれて数馬はようやくその意味を知った。あの時、数馬に孫娘を装わせて店を守らせようと思い立っていたのだった。
嬉々として出かけていく老人の背中を見送って、薄暗い店内を溜息まじりに見渡す。
五年生最後の学期の一週間、授業に出られないのは痛手だというのに、学園長が許可したのは、取引材料が薬草だったからだ。こうなったら、普段は絶対に手に入らない薬草を選んでやると心に決める。
客が誰も来ないのをいいことに、独特の青臭い匂いのなか夢中になって商品を吟味していた数馬は、戸の外からかけられた声に肩が跳ね上がった。慌てて振り返り、ありったけの女性らしさを装って、いらっしゃいと言ったまではよかったが、戸口で目を丸くしている姿に動きが止まってしまう。そういえば、呼ばれたのは本名だ。
自分の迂闊さにもこの状況にも驚きすぎて、二の句を告げずにいる数馬よりも先に、目の前の男の方が先に平常心を取り戻し、素早く店に入り戸を閉めた。彼の声はこんな状況でもやけに数馬の耳に馴染む。
「びっくりした……数馬なんでおめえ、女装?」
上から下まで数馬を見て、最後に目を見て苦笑した作兵衛に、ようやく数馬は驚きから立ち直った。
「ああ、びっくりした……。これは、ちょっとおじいさんの悪ノリで……。作兵衛はどうして薬問屋に? 用ないだろう?」
「あるから来たんでい。おれ、数馬を手伝いに来たんだ」
「……え?」
「元々もう一人選ぶつもりだったらしいぞ。学園長先生は。おれ達が実習から戻ってきたら、誰が行くか決めろとおっしゃったから、おれが来た。……女装とは、聞いてなかったけど」
「そ、そうなの」
納得すると、自分が女装していることが気恥ずかしくなってくる。数馬がそっと顔を背けると、作兵衛がまた苦笑したのがわかった。
「ともあれ今日中に着いてよかった」
「え? あ、外暗い! ちょっと……こんな中、山を下りてきたの」
「お、怒るなよ?」
数馬が作兵衛の言葉に顔を戻してじっと観察すると、彼は小さな傷のある頬を人差し指で掻く。赤茶けた髪がいつもよりもぼさぼさに跳ねていて、彼がどれだけ急いでこの町まで来たのかがわかってしまった。
「心配した?」
「……心細いかなって思った」
「それで、急いできたの?」
「しょうがねえだろ。おれなら心細くて堪らねえって思ったらもう学園飛び出しちまってたんだからよ」
「まったく、もう少し近いところも考えないと駄目だよ。こんな寒いのに山の中で日が落ちたらどうするつもりだったの。嫌だよ、学園に戻った時に、作兵衛が行方不明だって発覚するの」
いいながら、数馬はぞっとした。今回はそうならなかったが、作兵衛が脊髄反射で行動するのを改めない限りその可能性は常にあるのだ。色を失い黙り込んでしまうと、作兵衛がぐうと唸ったのが耳に届く。
「……わりい。そうだな、軽率だった」
素直に頭を下げる作兵衛を見て、数馬は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
(作兵衛はいつか、仲間を思う行動で命を落としそうだ)
不意に浮かんだ言葉が恐ろしくて、数馬はにこりと笑みを浮かべることで忘れようとした。一つ息を吐くと、すきま風が首を撫でていく事に気づく。今まで平然としていられたのがおかしなくらい店は冷え込んでいた。
「わかればよろしい。そうしたら家の方に移動しようか。火を入れるからちゃんと暖まるんだよ」
これ以上のお咎めがないとわかって安堵したらしい。白い息を吐いて笑みを浮かべた作兵衛に、数馬は、もっと早く寒さに気がつくべきだったと小さく反省をした。
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