注意書き
○カップリング 富松作兵衛×三反田数馬
○年齢操作 三年生が六年生になっています。
○モブ 老若男女たくさん出ます。
○怪我など 作兵衛も数馬もします。
○シリーズ 最後になります。この本だけだともしかしたらわかりにくいかもしれません。
綵に織りなす
目次
溢れるのは 4
数馬の災難 16
作兵衛の戦い 33
作戦決行 44
左近 51
力 55
将来 63
冬休み 83
卒業 90
すきなひと 96
二人 100
そして 112
溢れるのは
春休みを終え学園に戻ると、まず、桜の木が目に入る。
毎年、綺麗だ見事だと感心するが、今年は特に感慨深いものだった。
入学の日、校門をくぐり見上げた大きな木、力強くうねる枝、降りしきる淡い紅が鮮やかに胸に焼き付いたのを覚えている。
とうとう最高学年になった今、見慣れた木は少しも変わらず、無尽蔵かと思えるほどの花びらを降らしていた。
縫い付けられたように足を止める作兵衛の横をまばらに登校する生徒がうきうきとした表情で通り過ぎていく。
「作兵衛」
自分の内へ内へ入り込んでいた作兵衛は、名前を呼ばれて現実に引き戻された。驚きで肩を跳ね上げ声の方に顔を向けると、すでに制服に着替えた数馬が眉を下げて笑んでいる。緑の制服は三年の時よりも深い色で、まだ数馬には馴染んでいない。
笑んだまま言葉を重ねない彼は、作兵衛が驚きから落ち着くのを待っているようだった。
「か、数馬。え? おめえ家に帰ってたんだよな? なんでもういるんだよ」
数馬が答える前に一陣の風が起って淡紅色が視界を埋める。風の音が耳に渦巻くと一気に現実味が褪せていった。
数馬の家は作兵衛よりも遠い。なにより作兵衛は始業が始まる一週間前に着くように家を出た。数馬が先に学園に着くなど、そうそう予測できるものではない。
春休みの間、会いたい会いたいと思いすぎたせいで幻を見ているのではないだろうか。
それでも花びらの向こうから目を逸らせないでいると、数馬が一歩作兵衛に近づいた。風が散り、薄い花片がふわりふわりと風の余韻に乗りながら、思い思いの場所に着地する。
数馬の髪も肩も春の色に染まっている。
「もしかして、幻だとか思ってない? いるよ、ここに」
差し出された手を呆然と見つめて顔を上げると、数馬は優しく笑みを浮かべていた。だんだんと加速していく鼓動に惑いながら、手を伸ばす。おそるおそる触れた手はがっしりとしてかさついている。確かに数馬の手だ。
「作兵衛、手つめたい」
「えっ、あっ、わりい」
「あはは、謝らないでよ。実を言うと、ぼくも一瞬幻かもと思った。花びら、すごいねえ」
心臓がうるさいのに手は離し難く、数馬から離さない限りはこのままでいたいと作兵衛は赤い顔で考える。
「春休み、帰ってたよ。でもすぐ学園に戻ってきたんだ」
「なんでだ?」
話し始めた数馬は作兵衛の手をぎゅっと握った。
「ぼくは卒業したら、家のために忍びをするんだ」
「ああ、一年のころ、聞いたなあ」
作兵衛が何でもない体で相槌をうつと、数馬は丸い目をさらに丸くして作兵衛の目を覗き込む。
「覚えてたの」
「たしか、兄さんが家を継いだ時に手助けするんだろう? ええと、そうだ、一年の秋休みの前に聞いた」
呆然とした視線が作兵衛に注がれる。そんなに驚くことだろうかと首を傾げると、数馬はそっと手を離した。
「よく覚えてるね、ぼく、今の今まで話したことがあるって忘れていた」
「だって、入学した時にはもう進路きまってるなんて滅多にねえだろ。印象的で。あ、それに、卒業しても数馬の家に行けば会えるんだって嬉しかったからよ」
離れてしまった手を持て余して袴に押し付ける。数馬は作兵衛の返答にますます困惑した。
「そ、そっか……。ええと、それで、そう、父さんが、それなのに家でのんびりしていてどうする、少しでも多く勉強して来いって言いだしてさ。ぼくも特に家ですることないし、それで、二日くらいで家を出てきたんだよ」
「大変だったな……」
「うん。少しね」
数馬は言葉とは裏腹にけろりと笑う。その強さに、作兵衛はいつまでたっても追いつける気がしない。
俯いた作兵衛の頭に数馬の手が伸びてきた。
その手は頭を撫でるようにして花びらを落としていく。突然の行動に作兵衛が身を固くして数馬の表情を伺うと、数馬は少し気恥ずかしそうに笑った。
「歩き通しで疲れただろう。部屋においでよ。お土産買ったはいいけど、みんなまだ登校してこないから持て余していて。一緒に食べて」
「い、行く!!」
思いがけない誘いに声が裏返る。かっこわるくて頭を抱えそうになったが、数馬は微塵も気にかけず、よかったと呟いて、長屋へ足を向けた。
数馬が歩くと淡い色が舞う。後ろから追いかけて、先ほど数馬がしたように、今度は作兵衛が数馬に積もった花びらを軽く落とした。
新一年生の入学が終わると、あっという間に桜が散り、さつきやつつじが辺りを彩っていく。刻一刻と季節が進むのを目の当たりにするようで、最高学年の生徒たちは皆、そわそわと焦りを感じた。
去年も実技が多かったが、今年はさらに増えている。今日、作兵衛は五日ぶりに学園に戻ってこれた。
午前の授業中、長屋はしんと静まり返る。泥のように疲れた体をなんとか動かして、自室の戸を開けると、当然ながら左門も三之助もいなかった。
学園長は縁ある城から依頼を受けているらしい。実習の課題は、そういった依頼の中から相応と思われるものを教師たちが選び生徒たちに与える。その内容は、五年生までのものとは比べ物にならない程、そう、実戦そのものだった。
教師がどこからか見てくれていると思わなければ、恐怖で失敗をしたかもしれない。
作兵衛に与えられた課題は、スギヒラタケ城の備蓄を調べろというものだった。
城の屋根裏にひっそりと忍んで情報を手に入れるのはなかなかに骨が折れるものだと改めて知る。何度か見つかりそうになったし、欲しい情報はおいそれと流れてこない。
ただ、『忍術学園の保健委員』のうわさは、時折耳に入ってくるものだった。
三年前に卒業した、先代の保健委員長、善法寺伊作は、在学中と変わらず立場に関わらず治療して回っているらしい。こうして噂になっているのなら、その腕は更に上がっているのだろう。
帰ったら数馬に教えてやろう。
名前を思い浮かべただけで、顔も、声も、脳裏に浮かんできてしまう。ひどく数馬に会いたくなった。
数馬も今、どこかの城で課題に挑んでいる。
一人で何日も忍ぶというのは心細く神経を削るものなのだと思い知る日々だが、数馬が頑張っているなら、自分も折れるわけにはいかない。
そうして、期限ぎりぎりまでかかってしまったが、課題を達成し、学園に帰ってこれたのだった。
(数馬はどうだったかな。もう帰ってるかな)
作兵衛は疲労からくる眠気でふらつきながら、戸から数歩すすんだが、結局布団を敷くこともできずに糸が切れたように倒れた。授業を終え、委員会すらも終えて戻ってきた左門と三之助にわーっと叫んで起こされるまで、爆睡だった。
ようやくうつらうつらと目を開けた作兵衛に、三之助は安堵と呆れが入り混じった顔をする。
「いやあ、作兵衛寝るなら布団敷いてよ。びっくりしたじゃん」
「あー、わりい……」
横になったまま、ぼやけた声で返事をすると、左門と三之助が顔を見合わせて苦笑したのがわかった。
「まあ、とりあえず、おかえり作兵衛」
「おかえり! 少し落ち着いたら食堂に行っておばちゃんの料理食べよう!」
「おお、ただいま」
作兵衛はやっとのことで答えるとまた眼を閉じた。
睡魔が離れず、水に似た眠りに沈んでいく。その瞬間、数馬の顔が浮かんだ。
(数馬、戻ってきたか?)
二人に尋ねようとしたが、言葉は出てこなかった。
作兵衛が二度目の眠りに落ちていた時間は、それほど長くはなく、左門と三之助の話し声にゆっくりと目を開ける。
「あああ、よく寝た」
体を起こして伸びをする。背中が痛い。
「おっ、さっきよりすっきりした顔だな」
「ああそうだ、数馬も部屋で寝ているぞ。さっき藤内が悲鳴を上げたから見に行ったんだが、作兵衛と同じように床で寝ていた」
「あの声で起きないってことは相当疲れてるんだな、数馬も作兵衛も」
「数馬……帰ってるのか」
「うん。よかったな。五日ぶりだろ? 顔見て、数馬が起きられそうなら一緒に食堂行こうぜ」
三之助が作兵衛の背中をポンと叩く。左門も立ち上がり部屋の戸を開けた。今夜は月のない、星のよく見える夜だった。
六年にもなると生徒は随分と減る。低学年の頃は組ごとに使っていた長屋も、六年ではいろは合同だ。作兵衛たちの部屋から三つめの部屋が、数馬と藤内の部屋になる。孫兵の部屋は五つ前で、左門と三之助は二人で孫兵を呼びに行った。
あいかわらず二人で手をつないで歩くと、お互いが道を逸れそうだと察知するらしく、まっすぐ目的地に着くのだから、作兵衛にしたら、楽ではあるが複雑な気持ちにもなる。やれやれと肩を竦めた。
数馬と藤内の部屋の前で立ち止まると話し声が聞こえてくる。どうやら、数馬も起きたようだ。
「数馬!」
嬉しくなって、名前を呼び戸を開けると、数馬も藤内もはじかれたように作兵衛に顔を向ける。
数馬は部屋着に着替えていて、今の今まで寝ていたらしく、髷が中途半端にほどけてぼさぼさになっているし、頬には床に押し付けた跡が赤く残っていた。
「さ、作兵衛、びっくりした。急に開けないでよ」
数馬の声は寝起き特有のかさつきを持っていたが、それでもしっかりしている。久しぶりに聞く、少し低い、ゆっくりとした響きに、作兵衛はじんわりと嬉しくなった。
「作兵衛、いきなり来てニヤニヤしてるなよ気持ち悪い」
「数馬、おかえり」
藤内の言葉が作兵衛の耳をすり抜けていったのが分かった数馬と藤内は、顔を見合わせてやがて笑い出した。作兵衛が数馬を気に入っているというのは昔からの事だったから、藤内は呆れ半分、数馬は照れくささ半分になる。
「うん、ただいま。作兵衛もおかえり」
「おう、ただいま」
「で? あれだろ? 食堂に行こうって誘いに来たんだろ? 左門と三之助は孫兵迎えに行ったのか」
「……おう。行けそうか?」
「俺らもちょうどみんなを誘って食堂に行こうかって話してたところ」
藤内は戸の方に移動して廊下に顔を出す。まだ三人の姿は見えないようで、何やってんだ、と呆れた声が廊下に舞った。
「作兵衛、隈ひどいね」
「そうかもなあ。五日間ほとんど休まらなかったから、何時間か寝たくれえじゃそうそう疲れはとれねえな」
数馬の指が作兵衛の目の下に触れると、作兵衛はびくりと肩を揺らした。一瞬だったにもかかわらず、数馬が触れたところがあっという間に熱を持ち、作兵衛は慌てて視線を逸らす。数馬が小さく嘆息したのがわかって、ゆるゆるとまた数馬の顔に視線を戻した。
数馬は姿勢よく座っていたが、それでも、例えばいつもより丸い背中だったり、落ちた肩だったり、それこそ目の下にできた隈だとかに疲れがにじんで見える。
「あ、あの、か、数馬も、疲れた顔してるな。大変だったんだな」
「ん? まあね、一個も計画通りにいかない。身に染みるよねえ……プロの大変さ。きっとこんなものじゃないんだろうけど」
「数馬、作兵衛、三人が来たよ」
藤内に呼ばれて、作兵衛も数馬も立ち上がる。久しぶりに面子がそろったなと嬉しそうにジュンコを撫でる孫兵が目に入った。
作戦決行
作兵衛が必要な道具を抱え用具倉庫から出ると、空が燃えたような赤に染まっていた。
荷物を置いて汗を拭い夕焼けを見上げる。
見入っていたせいで背をたたかれるまで背後に人がいることに気がつかなかった。
驚きに任せて振り向いてしまった作兵衛は気まずさに顔を歪める。
「数馬」
「……大丈夫? 気を張り詰めてるんじゃない?」
「そりゃあ少しはな。先陣を切るわけだしよ」
答えながら、以前据え付けた長椅子に腰かけると、数馬も隣に座った。おそらく意識してだろう、普段より距離が近い。
「作兵衛は、巻き込まれたって思ってないってわかっている。だからきっと、他に理由があるんだろう?」
「……なにが?」
数馬は作兵衛の目をひたと見据える。息がかかりそうなこの距離で見られていると、さすがに落ち着かず、作兵衛は立ち上がった。
「ぼくは、作兵衛に嫌われたくないよ」
「嫌いになんてなるわけねえだろ」
「嘘だ。じゃあなんで、突然……こんなに遠いんだよ」
数馬は立ち上がらなかった。手も伸ばさなかった。両腕で自分を抱きしめるようにして何かをこらえているようだった。
その姿は酷く頼りなげで作兵衛の胸を刺す。いっそ手を伸ばしてくれればいいのにと、勝手なことを思った。彼がそうできないのは、ひとえに自分の態度のせいであるというのに。
作兵衛は数馬の正面に立ち、膝をついて、数馬の顔を覗き込んだ。隣に座るより、この方がましだと思ったからだが間違えたかもしれない。数馬の汗がころりと首元を伝っているのを見てしまって、ふいと視線を逸らす。逸らしたまま、それでも、数馬の手に自分の手を重ねた。
「ぜんぶ終わったら、取り繕わねえでさ、その時の気持ちをおれにぶつけてくれよ」
「え……?」
「いいから、約束してくれ」
顔を上げると、数馬の丸い目と視線がかち合う。戸惑いがそのまま表れている目に作兵衛は怖気づきそうになったが、今度は目を逸らさなかった。
「で、でも、」
躊躇いを見せる数馬に作兵衛はため息をつく。
「数馬は本当に頑なだな」
作兵衛は数馬の手から手を離すと、むりやり笑った。
「まったく、数馬には敵わねえや」
立ち上がり、改めて数馬に手を差し出し、おずおずと伸びてきた手をつかんで立ち上がらせる。
数馬の顔が晴れないところを見ると、まだ、数馬は数馬の事で作兵衛が不愉快に感じていると疑っていそうだった。数馬が悪いのではなく自分に問題があるのだと、数馬が隠していることに触れず説明するのは難しく、結局作兵衛は自分が打ち立ててしまった壁を壊せないまま、出発の時間を迎えた。
比較的涼しい夜とはいえ、口元まで覆うとさすがに暑い。それでも闇に紛れるためだと自分に言い聞かせ、汗を拭ってすすむ作兵衛と三之助は、丑三つ時頃に目的の場所につくことができた。
「作兵衛、あそこだ」
「油断するなよ」
「おうよー」
三之助がそろりと洞穴に近づき、ややあってから、茂みに潜んでいる作兵衛を呼ぶ。
「ここはまだ平気そうだ」
「ってことは、この先にいるかもしれねえな」
作兵衛と三之助は洞穴に仕掛けを施して、東に移動した。草木も眠る丑三つ時を過ぎても蝉の声はやかましい。みんみんじわじわ音が満ちる中を半時ほど身を屈めつつ歩いたところで二人は足を止めた。
石が不自然に並んでいる。自分たちで決めた印とは違った。
作兵衛と三之助は目を見かわす。
気配を探すと、木の上に二人いることが分かった。
このまま進むか悩んだが、三之助があっさりと来た道を戻ったことで、作兵衛もそれに倣う。体育委員は夜間訓練が多い分、こういう時の判断は任せた方がいいと、作兵衛も今では十分に理解していた。ただ、途中で道を逸れそうになる度にその首根っこをつかまなければならないのが玉に瑕だった。
先程の洞穴まで戻ると、三之助がうーん、と唸る。
「あの先も見れたらよかったんだけどなあー。たぶんあれ以上踏み込んだらオレたち確実に見つかってたよ。利吉さんが言っていたけど、ツキヨタケ城忍者、あれかなり過酷な状況だ。ひよっこ一人捕まえるだけならあんなに警戒しなくていいはずなのに、まだ来るはずのないこんな夜中にまでギラギラしてるなんて、よっぽどキビシイに違いないよ」
「気配は二人しか感じなかったが、もっといるって考えた方がいいか」
「うん。それにここだけじゃなく、もうすでに学園や、もしかしたら保健委員のチビたちの家にも行っているかも」
「そっちは先輩たちが守ってくれてるから大丈夫だ」
三之助は頷いて、それから作兵衛に苦笑を向けた。
「あのさ、気づいていると思うけど、数馬が落ち込んでるよ」
「……今、する話か、それ」
「うん。作兵衛は隠し事するの向いていないよ。言葉を飲み込んじゃえばその分落ち込むじゃん。ここなら数馬はこないし、溜め込んでることあるなら言っちゃえば」
作兵衛は羞恥で顔を真っ赤にして口をパクパク開閉させた。
「作兵衛、ぐるぐるぐるぐる考えて失敗するよ」
「嫌なこというなよなあ」