〈注意書き〉
□この本は、まるまる作兵衛と数馬です。ほぼ二人しか出てきません。
□年齢操作有りです。(プロローグに卒業後、一年生から五年生まで1エピソードずつ)
□一年から三年までは「友情」で、四年から「作兵衛→数馬」五年から「作兵衛→(←)数馬」となります。
□数馬が、あまりふんわりしていません。 以上、苦手な方はご避難下さいますようお願い致します。


プロローグ (卒業 数年後) ・・・・・・5
桜の匂い  (三年生)    ・・・・・・7
暗闇に灯る (一年生)    ・・・・・・8
ざわめく  (四年生)    ・・・・・・10
心配と安堵 (二年生)    ・・・・・・12
わからない (五年生)    ・・・・・・14
となり   (三年生)    ・・・・・・18
エピローグ (卒業 数年後) ・・・・・・20


プロローグ(卒業 数年後)
 懐かしい声で数馬と呼ばれて、考えるより先に、感情が溢れて振り返ってしまった。
「数馬!」
 もう一度呼ばれて、数馬は相手に向かい眉をつり上げようとした。が、それより先に笑みが浮かんでしまう。懐かしい声、懐かしい顔。忍術学園で共に学んだ富松作兵衛だ。
 彼も笑顔でこちらに向かってくる。無邪気な顔で走ってくるから、数馬はまた笑ってしまった。久しぶり、と挨拶を交わした後、今度こそ眉をつり上げる事に成功する。
「作兵衛、今ぼくは偽名を使ってるんだけど」
「そうなのか! わりい。……でもそしたら振り向いちゃダメじゃねえか」
 作兵衛が真顔をつくると、随分あの頃とはちがって見えて、数馬は目をぱちりとしばたかせた。なんとなく居心地が悪く感じて、話題を変えるため疑問を口にする。
「よくここにいるってわかったね」
「……まあ、情報網くらい持ってるさ」
「うーん、忍術学園はやっぱりすごいねえ」
 厄介で、誇らしくて頼もしい母校の名前を口にすると一気に懐かしくなる。村の桜が学園のそれと重なって見えた。
「それで、ぼくに何の用があるの?」
「えっと、それは」
 作兵衛は急に口ごもった。 こんな彼を六年の頃よく見たなと思い出す。彼は口ごもったままなにも言わなかったから、何を言いたかったのか数馬にはわからずじまいだった。
 今日もそうなのかな、と数馬が思った時、急に両手を握られた。数馬は驚いて目を丸くする。
「作兵衛?」
「おれたち、何度もこうして手を握ったよな」
 作兵衛が何を言いたいのかわからず、数馬はただ頷いた。
 作兵衛は結局黙り込んでしまった。手が熱い。恐らく、学園で数馬と手を握った時のことを思い出しているのだろう。数馬もそうだった。
 お互い、相手がなにもいわないのをいいことに物思いに沈んでいく。幸いここは桜ばかりで周囲に人はいなかった。

暗闇に灯る(一年生)
 月も星もない暗闇の中、作兵衛は普段なら来ない場所を、おそるおそる歩いていた。灯りはといえば、手にしている蝋燭だけが頼りだ。じとりと滲む汗を袖で乱暴に拭う。 ぎしぎしと不気味な音が足下からして、作兵衛は、ともす れば体が竦みそうになるのを必死で堪えた。足を止めてしまえば、もう、一歩も動けなくなるのは目に見えている。それでも颯爽と歩けるものではない。怖々といった足取りは軋む音をあとに引くものにさせ、一層不気味になる。
 はたと、作兵衛は立ち止まりそうになったあと、早足になった。どうも足音が、後ろからも聞こえる気がする。
(いや、でもここは学園なんだから誰がいてもおかしくないおかしくない!)
「さくべえ?」
「ひいっ」
 突然かかった声に作兵衛は飛び上がった。ついに恐れていたものが「出た」のかと咄嗟に思った作兵衛は、ひょいと覗き込んできた顔が知っているものだったせいで、一瞬呆然としてしまった。じわじわと、それが、は組の保健委員だと理解すると、今にも走り出しそうだった足から力が抜けていく。
 へなへなと床に座り込んでしまった作兵衛に数馬は苦笑して、隣にしゃがみ込んだ。同じ目線になったから、作兵衛は自分が驚いたことで涙目になっていると気づき、恥ずかしくなった。先程汗を拭った時のように、乱暴に目尻を拭う。その目元を撫でていくようにそよりと吹く風が、やはり気味悪い。
「驚かせてごめんね」
「べつに……それよりなんだよ? こんな夜中に」
 謝られたことが更に羞恥に拍車をかけるから、口調がぶっきらぼうなものになる。目線も四年長屋に続く廊下に注ぐはめになった。

心配と安堵(二年生)
「あれ? 作兵衛だ」
ひょっこりと声が降ってきて、作兵衛は顔を上に向ける。波打つ髪、丸い顔がこちらを見てにこりと微笑った。
「作兵衛も魚釣りに来たの? 上流のこっちのほうが綺麗な魚いるよ」
「お前ひとりなのか?」
学園外に出るときは、たいてい藤内といるのにと言外にこめると、数馬は少し眉をひそめた。
「ひとりだよ」
ああ、これはけんかしたなと、作兵衛にもわかってしまう。数馬は作兵衛から顔をぷいとそむけた。
「そっちこそ、ひとりなの?」
「おう。暑くてちょっと避難しに来た」
「そうだね、今日暑いよねえ……。こっちにおいでよ、いい涼み場所があるんだ」
釣竿を引いて立ち上がる数馬を見て、作兵衛も彼のいる場所まで上がろうと上に見える木の根に手をかける。土の匂いが一層濃くなった。窪みに足をかけ、根に掴まる腕に力を込めて体を引き上げようとしたが、どうにも上手くいかない。手間取っていると数馬が手を差しだしてきた。
「ここ、意外に高さあるから一人じゃ上がれないよ」
遠回りしなよ、とは言わない数馬の手を掴むと、あっさり登れて、立ち上がればすぐに数馬の丸い目と自分の目が同じ高さでぱちりとあう。
「はー、なんかよけいな汗かいた」
「顔洗いなよ」
「おめえもそうした方がいいぞ」
数馬は作兵衛より多く汗をかいている。表情も冴えず、どうも暑さに弱いように見えた。

わからない(五年生)
「大丈夫だよ、作兵衛、ほら、ここにいるだろ?」
数馬がどんなに穏やかな声を出しても、作兵衛の興奮は収まらないようだった。もしかしたら、きちんと目が見えていないのかもしれない。
「作兵衛、大丈夫」
見えないものを遠ざけるようやみくもに振り回される手をこちらも必死に避けて、数馬は腕を広げた。力を加減せずにきつく抱きしめると、ようやく作兵衛は数馬に気づいたようだった。はたと動きが止まる。
「大丈夫だよ、作兵衛」
何度もかけた言葉を、耳元でもう一度言う。今度こそ届いたようだった。掠れる声が、小さく自分の名前を呼んだのが耳を掠める。抱きしめる力を弱めずに、数馬は作兵衛ごとごろりと寝そべった。落ち着いた作兵衛をすぐに休ませられるようにと布団を敷いていってくれた後輩に感謝をする。
「少し休もう、ね、作兵衛」
後ろ頭を撫でてやると、作兵衛の目から涙がこぼれて数馬の肩口を濡らした。こわかったね、とまた優しく頭を撫でる。作兵衛が寝るまで、そう時間はかからなかった。 数馬もようやく安堵して、ゆるゆると目を閉じる。
今日の放課後、実習にいっていた作兵衛が教師に背負われて帰ってきた。嫌な音で鳴り響く鼓動を無理矢理抑えこみ事情をたずねると、薬を吸い込んだのだと冷静な声が言った。左近が新野先生を呼びに行った。


となり(三年生)
数馬はがっかりした。この山はいつも学園より早く桜が咲くから、今なら満開の桜が見られる筈だったのだ。それなのに、桜の木はきれいさっぱり切られてしまっていた。今年の冬は確かに厳しいものだったから、薪にされてしまったのかも知れない。切り株が並ぶ様は、春だというのになんとも寒々しく映った。
 同じくおつかいに出されていた作兵衛が、自分もがっかりしながら、数馬の背を慰めるように叩く。
「残念だな」
「うん、もうここでは桜がみれないんだね」
「だな。でもまあ、ここらで休憩しようや」
 言うが早いか、作兵衛はどかりと座り込んだものだから、数馬はぎょっとする。
「え、休憩って、ここで?」
「おう。花見にはなんねえけどよ、いいじゃねえか」
 作兵衛はもう弁当を広げ始めている。数馬は苦笑して、作兵衛の隣に座った。そうしてわかったことは、この場所が一番桜の木がよく見える場所だったことだ。残った切り株がそれを教えてくれる。
「学園から枝を持ってきたら根付くかな」
 期待を込めて言う作兵衛に、数馬は小首を傾げてうーんと唸った。
「どうかなあ。桜の差し木は難しいって聞いたよ。植えるだけじゃダメ。ちゃんと世話しないと……しても、根付くかどうか」
「そっか。世話はできねえよな。学園からここまでくるのに半日かかる」
「うん」
 頷いて、数馬は空を見上げた。ぱっきりとした青がよく見える。それをこんなにも寂しいと感じる日が来るとは、思っても見なかった。
「数馬数馬、せっかくだ。乾杯しようぜ」
「乾杯って」
 作兵衛は持ってきていた水の入った竹筒を数馬に向けて振っている。呆れながらも、数馬も同じように自分の竹筒を目の高さに掲げた。





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