ご注意!

◆富松×三反田
(無自覚なので、カプ要素皆無)
◆数馬が少し大きな怪我をします。

◆六年生の卒業を匂わせる描写があります。



1.見える景色より抜粋。

 反射的に振り向いて睨み付けたけれど、どうも違うようだった。 声だと思ったのは風の音かもしれない。 誰も見ていないけれど、勢いよく振り返った事が恥ずかしくて足早に元来た道を戻る。
  しかし、やはりどこか気になって、足を止めると結局先程振り向いた場所へとのろのろと向かった。 多分あいつらではないと思うのだけども。 もしそうならもっと騒がしいはずだし、自分ももっとはっきりわかる筈だ。 さっきのはきっと風の音で、向かう場所には誰もいないに決まっている。 それでも確認をしなければ気が済みそうになかった。
かさりかさりと落ち葉を踏みしめながら寂しい景色を歩くと、その先にぽかりと穴が開いているのが見えた。 瞬間、ああ、と納得する。 先程の音は、誰かがその穴に落ちた音だったのかもしれない。 おそらく、保健委員が。 
しかし落ちたにしては小さな音だった。 ……ならば穴から這い上がろうとしている音だったのか声だったのかもしれない。 何も聞こえない今は、とっくに穴から出てきていて覗いても誰もいないかもしれなかった。 
 それならそれでいいと、自分も落ちないように気をつけて近づき穴を覗けば……人がいた。 案の定保健委員で、それもよく見慣れた同学年の保健委員だったものだから、遠慮なく呆れの溜息を落とす。 暗い穴の底で蹲る姿は三反田数馬だった。 
「数馬ー おーい数馬ー?」
「作兵衛……?」
 軽い口調で声を掛けたのは、数馬が悔しげにこちらをにらみ返してくると思ったからだ。 それなのに見上げてきた数馬は真っ青で、作兵衛まで青くなった。 心臓が嫌な音をたてる。 ……数馬の左腕が、どこかおかしい。 右腕で、押さえてる部分がどうも異常なまでに赤く腫れ上がってしまっているように見えた。 
「……あれ……綾部先輩、伊作先輩連れて来るって言ってたのにな」
「おれ、たまたま通りかかっただけだよ。 なあ腕、」
数馬は長い息を吐いた。 その額には汗が浮かんでいる。 
「折れては、いないと思うんだけど……、ちょっと動かせなくて。 ねえ、とりあえず、添え木になりそうなの、よこしてよ。 綾部先輩に頼もうとしたら、伊作先輩呼んでくるからって行っちゃったんだ」
「お、おう!」
 作兵衛は慌てて体を起こして、あたりを見渡す。 幸い目当てのものはすぐ見つかった。 長さも巾も厚みも、多分これなら問題ない。 すぐに数馬と呼び暗い穴の底へ滑り降りる。 間近に見る数馬は相当つらそうで、こんな状況で穴の中一人でいたのかとぞっとする。
  「数馬、腕、どうすりゃいい」
「…え、と、」
 ゆるりと顔を上げた数馬は必死で考えているようだった。 痛みで頭が上手く回らないのだろう。 こんな事になるならば、応急処置くらい覚えておけばよかったと作兵衛は悔やんだ。 いつだって怪我をするのは自分達で、数馬は治療する側。 それが勝手な思い込みだったと今なら痛いほどわかる。 
「おーい作兵衛、少し避けてくれるかい?」
 上から声が降ってきて作兵衛ははっとした。 近づいてくる気配に全く気づけないほどに、動揺していたのかと愕然とする。 
作兵衛は慌ててその言葉に従い、数馬を庇うように端に避けると伊作が降りてきた。 すぐさま作兵衛に手を差しだしてくるので、考えるより反射で持っていた添え木を伊作に渡すと、彼は保健委員長らしく数馬の様子を見ながら、処置をしていく。 
「伊作、先輩」
「数馬」
伊作は気遣わしげな笑みを見せて数馬の汗で張りついた前髪を優しく払う。 
「もう大丈夫」
 その言葉を聞いた途端、数馬はほっと息を吐いて目を閉じた。 
 その数馬の様子に、作兵衛は拳を固く握りしめる。 もし自分に知識があればもっと早く処置してやれたし、安心もさせてやれた。 その事に胸が痛くなる。 
 数馬をおぶった伊作は、クナイを取り出してそんな作兵衛を見やる。 
「作兵衛、おまえは一人で上がれるね?」
「え、あ、はい」
「僕はこのまま医務室へ数馬を連れて行くから、同室の藤内に一言伝えてほしいんだ。 今日数馬は医務室で安静にさせるからって」
 にこりと笑う伊作は、この状況にとても不釣り合いに見えた。 後輩が怪我で苦しんでいるのに笑うなんて。 けれどその笑みでひどく安心できた。 
作兵衛はしっかりと頷いて、背負われた数馬の頬についた泥を拭った。 



2.数馬 から抜粋

 ぼうっとする頭を抱えたまま数馬は目を覚ました。 
藤内が持ってきたご飯を右腕だけで四苦八苦しながら食べた所までは覚えている。 布団を少しめくり左腕に目をやれば大袈裟なまでにしっかりと固定されているのが見えて、やはり骨にヒビが入ったのだと溜息を吐きたくなった。 
今まで何度落ちても、ひねる以上の怪我はした事がなかったのに。
それでも、骨折よりかはマシだといえた。 しっかり固定してさえいれば、恐らく四年になるまでには治るはずだ。 しかしそう考えた数馬は更に気分が落ち込むのを感じる。 つい数日前、作兵衛が桜はやく咲かねえかなあと言っていたのを思いだして、叫びたくなった。 全く、それがどういう意味か、作兵衛は全くわかっていない。
そんなぐちゃぐちゃとした、整理のつかない感情を数馬は一度胸の内に静める為に深呼吸をする。
ぐるりと辺りを見回して、ここが自分の、藤内との部屋ではないと確認する。 それは置いてあるものを見ればすぐにわかった。 墨を落とした文机はないし、藤内の予習の痕跡もない。 そうだ、医務室で一晩安静にすると言う話だった。 しかし、ここは医務室の、病人やけが人が寝かされる部屋でもないので、一体どこだろうと眠い目を擦り少し上体を浮かせてもう一度あたりを見ると、今度は伊作の背中が見えた。 
 知らない部屋に、知っている背中。
   なぜだろう、伊作がいるならば、ここは医務室でなくてはならないのに。 安静にしていろと言う伊作の言葉は絶対だから、医務室から動かされるなんてよほどの事がない限りないはずだ。 
 わけがわからず、数馬は小さく、伊作先輩、と呼ぶ。 正直、伊作かどうかも怪しかった。 知らないうちに知らない部屋にいる。 その事が疑心を生む。 
 けれど振り返ったのは確かに伊作で、その笑みを見た途端、数馬は力が抜けて情けなく眉を下げた。 
「数馬、起きたんだね。 薬、効いてるかな。 汗は引いてるね」
「あ、あの、伊作先輩、これ、どういう状況ですか? ここ、どこですか?」
 うん、と伊作は頷いて、数馬の隣に座る。 伊作に染みついた薬草の独特な匂いに数馬は少し眉をひそめる。 嗅ぎ慣れているとはいえ、いい匂いではない。 ……けれど今はその匂いがある事で幾分冷静になれた。 

(中略)

 喜八郎が出ていくと、部屋の中は数馬ひとりになる。 今度こそ本当にしんとした部屋の中で、数馬は胸をなで下ろした。
 その反面、こうして落ち着いてみると、見張りの一人もつけない四年にいささか腹が立ってくる。 全く、三年生だからといって、手負いだからといって、甘く見すぎだと数馬はむっとしたけれど、更によく考えれば伊作がその役割を担っているのかもしれなかった。 
 どういう状況であれ、けが人が無茶をする事を良しとはしない人だ。 
(気持ちは有り難いけど、でも、追試は嫌だ)
 ついでにいえば足手まといになるのも見捨てられるのも嫌だ。自分はそんなに弱くないと信じたい。
   と、なれば、なんとかしてここから逃げなければならない。 四年だけでなく、六年の、保健委員長の、伊作の目も欺かなければ。



三 ちりぢり より抜粋

「てかさあ! 作兵衛何ぼさっとしてんのさ! 何かに気ぃ取られてるから、そんな罠に引っかかるんだろ!」
「おめえだって、おれと変わんねえくらい罠にかかってんじゃねえか!」
「……めんどくさいから喧嘩するな。 あー、でもまいったね、確かに罠多すぎ……。 四年の教室までこんなに時間かかるなんて」
 孫兵が溜息を吐いて、首元に伸ばした手をはたと気付いて下ろした時だった。 
 とても聞き慣れた高飛車な笑い声が聞こえて、作兵衛は先程とんできたおもちゃの矢で作った頬の擦り傷を手の平で押さえ、舌打ちを飲み込んだ。 
「ははは、お前たち、よくもまあこんなにも引っかかってくれたものだな! いや、だがそれも仕方あるまい……我ら四年の、いやこの私の実力の前ではお前たち未熟な三年は平伏すしかないのだ!」 「アホ夜叉丸うるさい。 でもみんな本当見事に引っかかってくれたねえ。 そんなんじゃあ、たぬきくんは取り返せない」
 喜八郎は持っていた鋤で滝夜叉丸をどついて押しやり、この先に数馬がいるのを示すので、藤内が力なく口を開いた。 
「綾部先輩……、たぬきって、数馬が聞いたら怒りますよ」
「そこじゃねえだろうがよ! 先輩、数馬は」
「伊作先輩が見張ってるよ」
 作兵衛が喜八郎の言葉に、やはり伊作先輩が、数馬の怪我を診ていてくれているのだと安堵の息を漏らした隣で、孫兵が異論ありといった風に腕を組んだので作兵衛は目を瞠った。 
「六年生を引きずり込むなんて卑怯じゃないですか」
「しょうがないだろう! 三反田は怪我をしているのだからな。 ああ、本来なら我々の力だけでも負けはしないというのに!」
 滝夜叉丸が苦悩のポーズを取り、嘆きはじめる。自分を賞賛しながら嘆くとはなかなか器用だなと藤内がぼそりと呟いたのが聞こえて、作兵衛はもう一度、そこじゃねえだろうがよと小さく突っ込みをいれると、喜八郎がこちらに目を向けてきた。


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こんな感じで数馬と作兵衛が、それぞれに奮闘します。
そして、数馬の抱えるものが、わからなくて、わかりたくて。
ほんの少しだけ数馬への思いを自覚するかもしれない作兵衛を書きたくて挑戦してみました。
桜が咲く少し前の、お話しです。


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