ご注意!
この本は富数 です。(正確には富→数)
なんとく前作「ももとせ」の続きを意識しています。読まなくても差し支えのない程度。
成長して、三年生は四年生に進級しています。
モブが出ます。
作兵衛と数馬が喧嘩をします。
狐狸が当たり前に化ける世界観です。
一年生 九月
「あ、いた!」
突然降ってきた聞き覚えのある声に、今度こそ数馬は声を上げて泣きたくなった。作兵衛だ。今、この状況で一番会いたくない人物だった。
「数馬! なんで呼ばねえんだよ! もうずっと探す羽目になったんだぞ!」
がなりたてた作兵衛は、当たり前のように手を伸ばし、届かないと知ると、持っていた縄をたらしてくる。
「どうしたんだよ、はやくつかまれよ」
心底不思議そうにいう作兵衛に、数馬は、自分の中の情けなさや悔しさを直接、無神経に掴まれた気がして、気付いたら、伏せていた顔を上げて作兵衛に怒鳴っていた。
「ぼくは、一人でも上がれる! そんな、助けられて当然なんかじゃない!」
「か、数馬?」
突然、数馬の怒りに触れて作兵衛はきょとんとする。それが数馬の神経を更に逆撫でた。完全に八つ当たりだと、数馬にもわかっている。それでも止まるものではなかった。
「登れるから、あっちいけよ!」
「な、なんだよ、せっかく、見つけたと思ったのに……。わかったよ、数馬なんかしらねえや!」
下げた縄から作兵衛は手を離し、あっという間に走り去ってしまった。ぱさりと縄が落ちてきて、数馬は普段は吐かないようにしている溜息を吐く。長い長い溜息を吐いて、どうしよう、と考える。
作兵衛が行ってしまって、先程と同じ静寂に戻ったはずなのに先程よりずっと静かに聞こえて、数馬は肩をふるわせた。
本棚
「数馬。ちょうどよかった、医務室に行くところだったんだ。怪我したから手当てしてよ」
「孫兵」
孫兵の、袖をまくった腕から血が流れている。ああ、どうりで素直に医務室に向かっていたわけだと数馬は嘆息した。さすがにこの怪我を、彼の先輩も後輩も見逃してはくれなかったのだろう。
「そこまでになると、ここでは無理。医務室に行こう」
数馬がもたれていた壁からようやく、しかしあっさり離れると、孫兵は不思議そうな顔をした。
春の風は少し乱暴に、廊下へと流れ込み、二人を打ち付けるように通り過ぎていく。花の甘い香りが、春を主張する。世界は、数馬の沈んだ心とは裏腹に、喜びに満ちていた。
「数馬は、医務室には行きたくないんだろう?」
「!」
疑問をそのままぶつけてくる孫兵はどこまでも孫兵で、ああもうこれだから嫌なんだと数馬は孫兵を睨付けたのに、彼は全く気にしないそぶりで、行っていいの?と首を傾けてくる。
孫兵は観察眼に優れていて、こういう痛い所をすぐについてくるのが常だった。そのくせ、配慮するという事は全くと言っていい程、出来ない。
「行きたくなくても、行かなきゃならないんだよ。傷は? なにでつくったの」
「……愛ゆえさ」
「いいかげんにしなよ、お前。毒は?」
数馬の、途端に慎重になる物言いに、孫兵はきょとんとした後、首を否定の形に振る。
「ああ、言い方悪かった。噛まれたりした訳じゃないんだ。ジュンコがね、危ない方に行きそうだったからその前の道をふさごうとしたんだよ。そうしたら立てかけてあった木材にぶつかってさ。あ! もちろんジュンコは無事だよ!」
誇らしげに胸を張る孫兵に数馬は呆れるばかりになる。こいつはいつまでこの調子なのだろう。いや、考えるまでもない。死ぬまでだ。
「お前自身も無事でなくてどうするんだよ」
「うん。無事でなければあの子達を守れないものね。だから数馬、早く治療してよ」
孫兵の言葉に、数馬はもうひとつ嘆息した。本当に孫兵と来たら、毒虫の為の自分なのかと言いたくなる。心配しているわけではないけれど、それでも、いいかげんにしろと怒鳴りたくなる。
そんな事を考えていたから、孫兵が発した言葉に数馬はまともに驚いた。
「数馬が医務室に行きたくないのは、重たいからだろう?」
「……おまえは、そう誰彼構わず図星をついてまわるのやめろよ」
数馬は、効き目がないとわかっていても、孫兵を今一度睨付けると、一息ついて、いつもより重く感じる医務室の戸を開ける。その瞬間、隣で孫兵が顔をしかめたのがわかった。数馬はもう慣れてしまっているから、いつもの匂いとしか思わないけれど、孫兵の鼻には様々な薬草を煎じた匂いが襲ってきたらしかった。
「廊下じゃ、ダメ?」
「だめ。中入ってさっさと治療するよ」
三年は組、三反田数馬はいります、と早口に言って、数馬は医務室へと足を踏み入れた。左近が、遅いですよと言いかけてやめる。
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