花 作→数

「伊作先輩、その花どうしたんですか?」
色とりどりの花を抱えて、医務室へ入ってきた伊作に数馬は丸い目を更に丸くして問う。
伊作は苦笑して、これ造花なんだと答えた。
「内職ですか?」
「いやあ、留三郎が凝っちゃってさあ、余るほど作ったからこっちで飾ろうと思って。 あ、今ぼくの部屋に来ると、お花で可愛く飾られたコーちゃんに会えるよ!」
「弔われてるみたいで、返って、怖いです。 先輩。」
えー、かわいいのにー、と伊作は言って、持っていた花を花瓶に挿した。 確かに殺風景な医務室が華やぐ。
「これ食満先輩が作ったんですか…、器用ですねえ。」
数馬がまじまじと色とりどりの布で作られた花々を見ていると、遊び心がうずいた伊作がその一本を取り、数馬の頭に差した。
「ちょ、伊作先輩、ぼくに花は似合いませんよ。」
「ん? ぼくの後輩はかわいいよ? 花で遊んでる狸みたいで。」
にこにこと笑う伊作に突っ込む気も失せて、頭の花をそのままにして仕事を始める。
しばらくすると、すらりと戸が開いた。
「すんません数馬いますか。」
「ん、なあに?」
ひょい、と数馬がそちらへ顔を出すと、作兵衛が、え、と目を丸くする。
「あ、そう言えば差しっぱなしにしてたっけ。 伊作先輩に遊ばれたんだ。」
「それ、食満先輩が作ったやつだろ。 後できり丸が取りに来るぞ。 しんべヱづてに聞いたんだな。 町で売るってさ。」
ああ、と頷いて数馬は笑った。 きり丸なら確かにそうするだろう。 男ばかりの忍術学園に造花なんてもったいない。 こんなにきれいなのにきっと誰も見向きもしないだろうし。
「あいつなら、すぐに売っちゃうだろね。」
「あ、じゃあ、コーちゃんのも回収しなきゃ。 数馬、ちょっとはずすね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
医務室を出て行く伊作を見て、作兵衛が首を傾げた。 コーちゃん?と不思議そうな彼に数馬は笑いを零して、今のコーちゃんの姿を教える。
「伊作先輩らしいっちゃあ、そうだけど。」
一年の頃コーちゃんに驚かされた作兵衛は、渋い顔をして、数馬を見た。 その頭に赤い花がふわりと咲いているのを抜き去る。
「作兵衛?」
「や、きり丸が取りに来るからだな。」
言い訳のように言う作兵衛に違和感を覚えながらも、数馬は、用があってきたんでしょう?と作兵衛を促す。
伊作のように、ケガを見抜くなんてことはよほどのものでない限り出来ない。 言ってもらわなくては困るのだ。
「あ、や、怪我じゃねえよ。 明日の合同実習の事で相談してえ事があって。 今平気か?」
「うん、作業しながらでいいなら。」
作兵衛はおう、と頷いて、数馬の頭から抜いた赤い花をくるりと回す。
「それ、よくできてるよねえ。」
「本物には敵わねえよ。」
作兵衛が尊敬する食満を否定するような事を言うので、数馬は驚いて、え、と呟いた。
「珍しいね。 どうしたの?」
「や、医務室に花はいらねえって話。」
数馬はますます首を傾げているが、作兵衛はそれには気付かないふりをした。
男相手に、お前自体が花そのものだなんて言えるはずもないのだから。



町 片恋未満

「!? あれ、作兵衛がいない!!」
作兵衛と、以前、行きそびれた団子屋に行くために町へ降りてきたら、なんだかちょっとした祭りを開催していた。
それなりの人混みに紛れて、はっと気付いたら、
「わああ、はぐれちゃったあ。」
軽く混乱してくるくると辺りを見回す。 人にぶつかったので端に避けると、石段があったので、見下ろそうと、上へと上がる。
けれどやっぱり、作兵衛らしき子供は見あたらない。
「探しには、…行かない方がいいか。」
作兵衛は、待つという事が出来ない。 じっとしていると嫌な事ばかり考えてしまう質だし、いつも迷子を追っているのだから、当然と言えば当然だ。
作兵衛に見つけてもらいやすいように、人の頭の上くらいの位置まで降りて、そのまま腰掛ける。
膝に肘をついて手のひらに頬を当てる。 みんな楽しそうな顔してるなあ、なんて眺めていると、少しむなしくなってくる。
これって、もしかしてお団子屋さんに、辿り着けないんじゃあ。 作兵衛に会えるかどうかすら怪しいし。
うわあ、不運? 作兵衛まで巻き込んで。 て言うか、作兵衛とお団子屋にいけない運命なんじゃ。
いやいや、そんな具体的な運命あってたまるか。
「うーん、こんなことなら、人混みに気付いた時に手繋いでおけばよかったなあ。」
手を繋ぐなんて、子供っぽい気がして言い出せなかった。
うーんうーん、と後悔していると、通りが騒がしくなったのに気付いて、物思いからさめる。
すぐ目の前、ぼくの足下で男二人がケンカをしていた。 ああ、迷惑な。
周りを歩いていた人は、関わり合いになる前にと、じわじわ遠のいていくし、お店の人もどうしていいかわからずにおろおろとしている。
「うわあ、その内他の人が入って飛び火するんだよね、こういうの。」
懐を探ると、あった。 煙玉。 一応確認する。 うん、もっぱんじゃない。
せーの、と呟いて、ケンカしている二人めがけて煙玉を放る。 あれ、量が多い…、もしかして、と思いながら煙の中に飛び込む。
ケンカしていた一人の背に飛びかかり手刀を振りかざす。 ドサリと倒れた音が、二つ。
あ、やっぱり。
煙の中に見える姿に手を振って合図する。 起き上がった時にまたケンカを始めないように二人を離しておく必要がある。 それぞれ石段の両脇にある茂みに、倒れた男を運んだ。
扱いは雑でいいだろう。 人迷惑なんだから。
煙が消えるまでにまた石段を駆け上がる。 もう一人、こちらへ来る。
ざわっと、下がまた騒がしくなった。 煙は上がるわ、おさまったと思ったらケンカしていた二人は消えているわで、まあ少しばかり騒ぎになるのは仕方ない。
でもそれは置いておいて、ぼくは目の前の男の子に笑いかける。
「会えてよかったあ。 作兵衛、気付いたらいないんだもん。」
「ほんとにな。 騒がしいと思ったら、ケンカしてる奴らの真上に数馬いるし。 ひやっとしたぞ。」
「ね、お団子食べに来ただけなのにね。」
す、と手が伸びてくる。 ぼくはその手を取った。
「はぐれちゃうからな。」
「はぐれちゃうもんねえ。」
言い訳みたいに笑いあって、歩き出す。
「ここに来るまでにたくさん、出店見たぞ。 冷やかしてこーぜ」
「うん。 リンゴ飴あった?」
わくわくして聞くと、団子食えなくなるぞと笑われた。
すんなり、目的が果たせないぼくらだけど、その代わり思いがけない楽しい事が待ってるみたいで、作兵衛といると飽きないなあって、さっきの虚しさを忘れて思ったりする僕は、なんだかとっても現金だなあって、思った。



夜 両思い

忍術学園の夜は賑やかで、数馬は目を覚ます事がたびたびあった。
今日も外から聞こえる物音に目がぱちりと開いてしまって、あーあ、と思う。 隣を見れば、藤内も自主練に出かけたのだろう、そこにはいなかった。
「怪我して来なきゃいいけど。」
布団の中で溜息をついて目を閉じると、すぐに騒がしい足音が聞こえてヒヤリとする。 まさか何かあったんじゃ、と数馬は布団から半身を起こし、足音がこの部屋を通り過ぎる事を祈った。
けれど、戸がたたかれてしまい数馬は気を引き締めて、布団から半身を起こした。 ひいやりとした空気が、あっという間に数馬を包む。
「起きてるよ。 だれ?」
声を掛けると、すらりと戸が開いた。
「数馬、今、外でれるか?」
「作兵衛、どうしたの?」
外へ、と言う事はここには来られないほどの重傷者が出たのかと数馬の顔から、ざ、と血の気が引く。 事によっては、先生や伊作先輩に声を掛けなければならない。
暗がりの中でも、数馬の気配が張り詰めたのがわかったのか、作兵衛は慌てて言い改めた。
「わりい、誰も怪我なんかしてねえんだ。 ただ、今外すっげえんだよ!」
数馬に近づいて、その腕をぐ、と握ると、作兵衛はそのまま部屋の外へと引っ張り出す。
「ちょ、作兵衛、手ぇ冷たっ 外さむっ」
「空、見てみろっ」
興奮したような作兵衛の声に、数馬は訝しみながら空を見上げた。
月のない暗い夜に、無数の星、が、
落ちてくる。
「わっ、空が、」
「落ちてきそうだろ?」
尾を引いて、星がゆるく弧を描いたかと思うとあっという間に消えてしまう。
「さっきから、自主練してる先輩たちも手を止めて、空見上げてるみたいだ。」
「うん、これは、見ちゃうねえ。」
空から星が消えてしまうんじゃないかと思えるくらい、次から次へと星が降ってくる。
ひとつくらいはこの手の中に落ちてきそうだと、作兵衛が言ったのを聞いて数馬は、うん、と頷いた。
寒い中、二人は知らず身を寄せ合って、降る星を眺めていた。



雷 両思い

「うーん、部屋の中で見るのは、案外好きなんだけどなあ。」
空が光る度、音が響く度、びくりと大げさに飛び跳ねる傍らに座る男の子をなだめて呟くと、しんじらんねえ、と言われる。
「さすがに、山の中はぼくも怖いよ。 ただ、古い神社を見つけられたからまだ、いいかなって。」
「ああ、もう、落ちてきそうだ。 すっげえ近い。」
どおん、と響く音は確かに近づいてきている。 こちらの山にはまだ来てはいないようだけど、来ないという確証はない。
作兵衛は強がりで意地っ張りだから、ぼくの方からその腕を掴んで引き寄せる。 不安な時怖い時は人肌に触れるのが一番だと、伊作先輩が言っていた。
じんわりと、体温が行き交う気がする。
作兵衛は一瞬驚いて、ぼくを見たので、にこりと微笑んでみせると彼は苦笑した。
「お前、すぐ甘やかすのな。」
「こんな震えてる人、放置できませんので。」
おどけて言うと、ばかやろと返ってくる。 それでも先程よりは落ち着いたように見えて、ほっとしていると、また空が光り直後に音と振動が体を襲う。
「っ!!」
引き寄せていたはずの腕ごと抱きしめられて、息をつめる。
今のは、ぼくも怖かった。 ばくばくと速いテンポで鳴る心臓は、作兵衛のものだけとも限らない。
そっと腕を作兵衛の背中に回して、ぼくからも作兵衛を包み込むようにすると、更に作兵衛が体を押しつけてくる。
「作兵衛、大丈夫だよ。 きっと後は行き過ぎるだけだから。」
「…おう……、てか、なんで数馬はそんな落ち着いてるんだよ。」
「ぼくだって怖いけど、ほら、作兵衛が側にいてくれるし。」
ぼくがそう言えば、作兵衛は不満そうに唸った。
「嘘つくなよ、数馬は、おれがいなくたって平気なくせに。」
拗ねた口ぶりがおかしくて、少し笑った。 作兵衛は怖がってる自分を情けなく思っているんだろう。 決まり悪げに、それでもぼくを離せずにいる。
「嘘じゃないよ。 作兵衛の体温ってすごく安心する。」
「……。」
作兵衛がその言葉を信じていないのは明白だったけれど、そのままにしておいた。
雷はまだ近く、行き過ぎるのはまだもう少し、後。





笑 両片思い

作兵衛はお人好しだ。
しょうがねえなあ、なんて悪態つきながら、面倒を見ると決めたら最後まで見放さない。
そんな作兵衛に今日もぼくは助け出された。
「なあ数馬、最近穴にはまる回数増えてないか?」
「うう、ごめん作兵衛。」
引っ張り上げられて、申し訳なさでいっぱいになる。 回数が増えたと指摘されるのも情けない。
「そんな、眉間にシワよせんなよ。」
「わわっ」
作兵衛に人差し指で眉間を押されて、バランスを崩す。
顔を上げれば、作兵衛が笑っていた。
「…、作兵衛、何だか嬉しそうじゃない?」
「そんなことねーよ、穴にはまった狸を引っ張り出して、余計に疲れたぞ。」
「やっぱり嬉しそうにしかみえない。」
憮然として言ったものの作兵衛の笑った顔がぼくは好きだ。 なんも心配するなって、言ってくれてるみたいで。
作兵衛はそんな考えてないだろうなって事はわかってるけど、ひどく安心させてくれる。
つられるみたいにしてぼくも笑うと、作兵衛の笑顔が更に明るくなったように見えた。
不思議に思って首を傾げるけれど、まあいいや。 作兵衛が笑ってくれるのが嬉しいから。


「あ、」
お風呂から上がって藤内と話しながら長屋へと戻る途中、作兵衛を見つけた。 右手には左門、左手には三之助の手をしっかりと握っている。
「作兵衛も大変だな。」
「うん、でもほら、笑ってる。」
ひとしきり文句を言ったのだろう。 その後でしょーがねえなあ、と笑うのだ。 その顔を一番見ているのは、左門と三之助だと思うとなんだか羨ましくなる。
「あー、あいつ本当に世話好きだよなあ。 頼られると嬉しいみたいな。」
「それ、わかるかも。」
二人で笑いあっていると、作兵衛がこちらに気付いた。 笑って手を振ると作兵衛は一寸むっとした表情になって、そのまま迷子を連れて歩いて行ってしまった。
「さっきまで笑ってたのに。 どうしたんだろ、作兵衛。」
こちらにも笑ってくれると疑いもしなかったのに。 一緒に首を傾げてくれると思った藤内は、全く、と呟いた。
「作兵衛、わかりやすくてめんどくさい。」
「え? ぼくには全然わからないんだけど…。」
「そんな数馬もめんどくさい。」
「ええええ?」
藤内は苦笑して歩き出す。 ぼくもそれに続く。
「わけわかんないよ、藤内ー」
「…さっき、ろ組見てしょんぼりしていた数馬にいい事教えてあげよっか。 作兵衛って数馬といる時が一番優しい顔してるよ。」
「えっ ほんと!?」
「気のせいかも。」
「とーないー!」
あはは、と藤内が何とも楽しげに笑う。 からかわれてるなあと思うけれど、言われた言葉が嬉しいから、結局ぼくも笑ってしまった。