時間は既に午前を回っている。だが、オフィスビルのフロアはところどころに明かりがついていた。
「孫兵、あとどれくらい?」
「あー、っとこっちが…」
 明るいオフィス内で、パソコンの前に座るのは学ランの少年が二人。何やら流れていく文字を、必死で追いかけている。
「ジュンコ、頑張って。あと少しだから」
 そう言って、一人の少年は手に持った赤に丸の柄の入ったスマートフォンらしきものに声をかけた。
「藤内は?」
「あと少し。ジュンコが頑張ってくれれば、うん、行ける」
 赤い柄ではなく、シンプルなシルバーのスマートフォンらしきものディスプレイを確認して、紺色の髪の少年は数を数える。
「あっちはどうかなぁ」
「何とかなるんじゃない?」
 そう言いつつ、二人のキーボードを叩く手は止まらない。それがこの二人に任された任務だからだ。
「ま、何とかしてもらわないと困るんだけどね」
 首を竦めながら、ジュンコと呼ばれる何かを持った少年は真っ直ぐに画面を見た。
 どさり。
「おいおい、子供相手に本気かよ」
 学ランの袖から袖箭を放って、背の高い少年がちっと舌打する。
 子供相手に本気、とはこの廊下で待ち伏せていましたと言わんばかりの黒いスーツの大人たちである。スーツ越しでも分かる屈強な体つきは、その道のプロである事を示していた。
「おい、三之助、次来るぞ」
 飛んできた棒手裏剣を車返しすると、少し赤みががかった少年が叫ぶ。
 懐には手裏剣を忍ばせていない。かといって乱定剣を使うにはものが無さ過ぎる。音楽プレーヤーと携帯電話くらいだ。
 一応学生の身としては、それを投げてしまうには痛い。
「死んでも化けてでるなよっと」
 袖箭は見抜かれていてどうにもならないと踏んだ背の高い少年は、学ランの内ポケットから出した苦無で目の前の相手に飛び掛る。
 そうすると、黒いスーツの男が一人、同じく苦無で飛び掛ってきた。
 それを横目に赤毛の少年は、ぽきり、と指を鳴らして自分の相手を見る。体術は苦手ではない。だが、これが通用するかどうかが問題だ。
 黒いスーツの男の中でも体格の良い者の懐に飛び込んで、拳を顎に入れる。そうして脳を揺さぶれば少しの間時間が稼げる筈だ。きぃんきぃんと金属がぶつかり合う音を聞きながら、その隣の相手の鳩尾に蹴りを入れる。
 そこに、ふ、っと甘い香り。
 この香りには覚えがある!
 息を止め、学ランの袖で口元を覆いながら黒いスーツの男達を見ていると、その足ががくん、と折れてその場に沈んだ。
 これは、間違いなく。
「作兵衛、三之助、サンプルとって来たぞ!」
「また無茶して…」
 背の低い学ランの少年が一人と、菫色の髪をした少女が一人廊下の突き当たりに立っている。  どうやら、自分達の役目は成功したらしい。
「左門、数馬!」
 匂いを吸わない様に、口元を覆ったまま二人に駆け寄ると、背の低い少年が褒めて! と頭を差し出した。その頭を赤い髪の少年が面倒臭そうに撫でる。
 その隣で菫色の髪の少女が、持っていた扇をセーラー服の胸元に戻し、香水の容器のような小瓶を、太腿のフォルダーに戻した。
「二人ともこれ飲んでね」
 そう言って、ポケットから取り出したピルケースの中から白い錠剤を取り出すと、少女は背の高い少年と赤毛の少年に渡す。
「これ、神経性のヤツだろ。数馬にしちゃ珍しいの使ったな」
「どっかの誰かさんたちが無茶してるからね。即効性の高いのこれなんだもん」
 眉間に皺を寄せて怒る少女に、二人の少年はバツが悪そうに視線を彷徨わせた。
 そこに。
「取れたよって、うわ、これ、三之助たちがやったの?」
「うんにゃ、数馬の霞扇。相手も本気らしいな」
 パソコンの前に座って何やらやっていた二人が、そのオフィスから出てきて合流する。
「みたいだね。ジュンコも毒虫も相当頑張ったし」
「吸い出すのも苦労したよ」
 そうして、シルバーのスマートフォンらしきものを見せて紺色の髪の少年が笑う。
「よし、じゃあ、行くか」
「だな」
 自分達の任務は終わった。
 一つ目の任務は、情報の確保と破壊。
 二つ目の任務は、サンプルの確保。
 その両方を達成した。
 六人は、廊下の突き当たりの非常口を開けて、そのまま外へ飛び出す。そこは、地上二十階。階段の手すりを飛ぶように走ると、一分もかからずアスファルトの上に立った。
「後は報告か。藤内、頼む」
「駄目。ちゃんと自分でやる」
 懐から取り出した、乱定剣の時に投げてやろうかと思ったスマートフォンらしきものを取り出して、赤い髪の少年はがりがりと頭を掻いた。
「作兵衛は殆ど陽動だったじゃないか。報告は楽だろう?」
 すっとディスプレイに指を走らせながら、頑張ったねジュンコと綺麗な顔の少年は笑う。
「とりあえずさ、この時間にこの格好じゃやばいから、一旦家に帰った方がいいかもね」
 紺色の髪の少年が腕時計を見てそう言った。
「おう、じゃ、明日また学校で」
「左門、三之助。二人は僕と一緒。家の方向は作兵衛と違うだろ」
「でも、孫兵の家はあっちじゃなかったか?」
「……同じ方向です……」
「この二人は俺と孫兵が何とかするから、作兵衛は数馬を頼むな」
「おう」
「え、一人で帰れるよ」
 この時間にセーラー服の少女を一人で歩かせるなど怖いものは無い。そのセーラー服の中身はきっと近付いてくる人間の誰より危険だろうけれど。
「駄目。数馬は作兵衛と一緒」
「………」
「俺じゃ、嫌なのかよ」
 眉間に皺を寄せる少女に、それ以上眉間に皺を寄せた赤い髪の少年がぼそりと呟く。
「だって、作ちゃんだって早く家に帰りたいでしょ?」
「十分くらいしかかわらねぇって。ほら、帰るぞ」
 そう言って、赤い髪の少年は菫色の髪の少女の手を握り、大股で歩き出した。
「あ、あ、あの、それじゃ、明日!」
 引き摺られるようにして少女は残りの少年に声をかけると、二人は暗闇の中に消えていく。
 その二人の足音は聞こえない。
 気配が途絶えたのを確認して、そこに残っていた四人もその場所を後にした。



 時は平成。
 廃れた筈の忍術を悪用し、利益を貪る者達が闇を跋扈していた。
 その闇を五百年も昔から払いのけてきた超法規的集団がある。
 一見すると、それはどこにでもある集団で、疑うものはいない。
 だが、闇を跋扈する者達は五百年前からこう言う。


 忍術学園に、気をつけろ、と。






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