空はどこまでも青く、入道雲が連なっている。
蝉の声は割れるようだし、日差しは痛いくらいで、つまり今年も夏が来て、めでたく夏休みに入ったのだ。
そして篠小組は人生初の受験勉強を孫兵の大きな家でしている。

「あー、孫兵、海外明日からか!」
左門の言葉に、作兵衛と三之助はノートから目を離し、マジで?と口を揃える。
「うん、毎年恒例。」
「ちょ、今回の期間は?」
「えーと、待って。」
三之助の焦る声に、孫兵は手帳を取り出す。 携帯にスケジュールを記入しないのは書いた方が早いから、という見も蓋もない理由からだった。
「二週間。」
「に、二週間ってその間誰に勉強教わりゃいいんだよ!」
「は組でいいんじゃない? 僕らは二人の学校を受験するんだし、試験は、彼らが習ってるものに近いんじゃないかな。」
は組ぃ?と、三人の声が揃う。 正直とても頼りない。 勉強など、自分等の方がよほどできると思っている。 現に室町でも彼らに教わったことなど一度もなかったし、逆に試験前、今と同じように孫兵がいない期間、藁にもすがる気持ちだ!と泣きつかれたことさえある。 藁とは何事だといいながら物覚えの悪いは組に勉強を教えた自分達はとんだお人好しだ。
とても程よい空調が、焦る彼らから外の気温を忘れさせる。 ただ遠く聞こえる蝉の声に夏を感じた。

孫兵を覗いた三人が顔を見合わせるとグラスの氷が溶けてカロンと涼しげな音をたてる。
「数馬んち使えるか聞いてみるか。」
「まさか、は組に勉強教わるとはな。 まあ、室町とは違って勉強して・・・いや、ない、な・・・。」
「まあ、教科書見せて貰うだけでも違うんじゃない?」
「孫兵は余裕だな。」
左門が思わず感心したように零すと、メールの送信ボタンを押した三之助がさくちゃーん、と、作兵衛の頭を軽くたたいた。
「黙り込んで何考えてるの?」
「や、別に・・・、孫兵明日発つんだろ。 だったら、明日からだよな。 その、数馬たちに教わるのは。」
「作兵衛って、変な意地あるよな。」
「・・・なんだよ。 意地なんてねえよ。」
顔を歪めて作兵衛が麦茶をあおるのを見て、左門が大きく口を開ける。
「そうか! 数馬に教わりたくないんだな、作兵衛は!」
「え、どうして?」
左門の声に孫兵は首を傾げて、作兵衛はむせ込んだ。 げほげほとうまく飲み込めずにいる作兵衛を見やって、孫兵は一つ頷く。
「うん。 まあ、よく分からないけど、作兵衛は考えすぎるからうまくいかないんだよ。」
「おお、孫兵イケメンなだけじゃないな!」
「いいこと言うけど、それはそれで腹立つな!」
左門と三之助が口々に言うのには応じず、孫兵は問題集に目を落とした。
夏休みは始まったばかりで、この問題集の答えを書き付けていくノートもまた、殆どが白紙だった。
青い空が、だんだん緋に染まっていく。



暑い、と、数馬はぼーとする頭で、思い、目を開けた。 暑さのあまり寝てしまっていたようで、時計を見れば夕方の四時を差している。
薄く開けてある西向きの窓から緋色が容赦なく降り注ぐ。 枕元においていたペットボトルに手をやって、一気に飲み干した。
自室のクーラーが壊れてしまい、一昨日からこの調子だ。 明日までの辛抱、と思うけれど、実は居間のクーラーはなんの問題もなく稼働している。
自室なら気にならないけれど、両親が共働きで、一人っ子の数馬には、誰もいないその場所は寂しく感じてどこか近寄りづらかった。
室町の頃は、静かな時など、ほぼなかったように思う。 どこかしらで騒動は起きるし、隣を見れば誰かしらの顔があった。
その、記憶が、小さな頃の数馬に既にあったから、一人きりの家はとても静かで居心地が悪く落ち着かないものになってしまった。
「室町の頃は人が多すぎて、鬱陶しく感じてたくらいだったのになあ。」
ぽつりと口にして、独り言を言ってしまったことに数馬は誰に向けるでなく気まずげに苦笑した。
立ち上がった時にどこかふらついてしまうのは、強い西日の当たるこの部屋で汗をかきすぎたせいかもしれない。
数馬は自室を出て乾いた喉を潤すために居間へ向かう。 回らない頭で、明日は誰か呼べないかな、と考えて、すぐにその考えを振り払った。
夏休みに入ったら本格的に受験勉強をすると言っていた。 そう頻繁に呼べるものではない。
頑張ってるのは自分達と同じ学校に通う為というのは嬉しい。 けれど自分勝手にもつまらないなあ、と思いながら、スポーツドリンクをグラスにいれ喉を潤せば、あの頃伊作が暑い日に作ってくれた飲み物の味をふいに思い出す。
変にあまじょっぱいあの味と、これとは全然違うのだけど。
やっと一息ついてテーブルに突っ伏せばふわりとまとまりない髪が顔にかかってきた。
一つ息を吸って、簡単に髪をとかして一つにまとめる。 首元を、早速つけたクーラーの風が通りすぎていった。
…保健委員の誰かも、転生しているのだろうか…、けれどそうだとしても、また揃うとはとても思えない。 既に、自分達の学年が揃っただけで大きな奇跡なのだから。
数馬は、ふるりと首を横に振ってから、気合いをいれるように両頬をひとつ叩く。 それと、携帯が音をたてたのは同時だった。
ディスプレイを見ると、三之助の名前が表示されていて、数馬は珍しい、と首をかしげた。 三之助からメールがくるなんて多分初めてだ。
本文を読んで、数馬は大変、と口にしたが、その口許は弛んでいる。
受験勉強をしたいけど、孫兵不在ピンチ、助けを求む、とかいてあり、続けて明日の日付と時間が綴ってある。
宛先を見れば藤内の名前も表示されていた。 彼の事だから、今ごろノートを引っ張り出しているだろう。
最後に集合場所は数馬の家でもいいか?と書いてあるのに了解、と小さく呟いて、返信画面を開いた。


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