*作兵衛の空手教室の師範(捏造)が出てきます。*
お昼休みに孫兵は、窓際に座る3人にすぐ会える様にベランダ伝いに移動して2組の教室に入る。
いつもの事なので、別段誰も気にしない。 加えて、食べ終わって教室を出ている生徒が多く、いつも騒がしい2組の教室もこの時ばかりは静かだ。
孫兵は作兵衛の隣に座り、話したい事あるんだけど、と切り出す。
「あのさ、数馬と藤内の学校って中学どこに行くのか知ってる?」
「そういや、この辺にないよな?」
「作兵衛、数馬に聞いてないか?」
「・・・いや」
この辺りではないにしても、そんなに離れていないだろうと考えていた作兵衛は孫兵の言葉に首を傾げる。
みんなの視線が孫兵に集中した所で、のんきな連中だと、彼は軽く溜息をついた。
「この前、聞いたんだけど。 こことは違う県の山の方に学校があって、いくつかある系列の小学校の、そのまま進学する生徒は全員そこに集まるんだって。」
「って事は、引っ越すのか?」
「いや、寮だろこの場合。 すげーでかいとこなんだな。」
弁当は既に食べ終わっているが、クラスで余った牛乳をもらっていた三之助は、ズズズとストローを吸った。
「どっちにしろ、そうそう会えなくなるのか・・・・・・。」
作兵衛が呟くと、左門は目に見えてしゅんとした。
「入るときに受験したんだろう? じゃあ、学校変えるのは無理だしな。」
「おれらが行けばいいんじゃね?」
「は? 何言ってんのお前!」
三之助の言葉に、目を剥いたのは意外な事に作兵衛だけだった。
左門は名案だ、といい、孫兵は考え込んでいる風だった。
右手をあごに添えて、なるほど、と呟く。
「二人の学校って、名門だよね。 しかも小、中学の入試はそれほど難しくない割に、高校からぐんと、入るのが難しくなる。 つまりは今入っておけば後が楽になるって、親にアピールすれば、あるいは可能かもしれない。」
その言葉に作兵衛は目を丸くして絶句する。
学校の場所が離れてるからって、もう、二度と会えなくなるわけではないし、気持ちまでが遠く離れるわけでもない。 そう思った所で、胸が重たく痛んだ。
3人は楽しそうに計画を立てているけれど、そううまくいくだろうか。
突然――、寮生活だと言って、親が納得するだろうか。
それにここでの生活はどうなる。
作兵衛は空手教室の師範の顔を思い浮かべた。 そして、はっとする。
答えは、自分の中でも出ていた事に、気がついた。
汗ばむ陽気に強く吹き付ける風が心地いい。
作兵衛は火水木曜日の放課後に空手教室に通っている。 もうずっと。
幼稚園に上がるか上がらないかの内からだ。
なぜ通い始めたかと言えば、その頃から記憶にある数馬に会ったとき、少しでも助けになりたいと思ったからだった。
また会いたいと願っていたけれど、弱い自分じゃどうしようもない。
数馬は心根が強かった。 だから、弱い自分じゃ出会ってもきっと見向いてもらえないとも思えた。
・・・数馬に、大事な奴を守れなければ武道をやっている意味はないと言ったけれど、その大事な奴が、傍にいなければなんの意味もない。
師範に、来年は土日に代えてくれと頼むつもりで、時間よりも早くに道場の扉を開ける。
綺麗に磨かれた板張りの床、かけられた賞状、胴着、全てが作兵衛にとって見慣れたものだ。
その中に、師範がいた。
自分が戸を開ける前に気づいていたようで、こちらを見て、微笑んでいた。
「作兵衛、どうした。 まだ、時間ではないぞ。」
「・・・相談が、ありまして。」
作兵衛が、戸を静かに閉めて師範の傍へ近寄ると、背の高いその人は床に腰を下ろす。
それに倣って、作兵衛も姿勢を正して正座をする。
中学の進学の事、受かれば寮に入るであろう事。 教室の日にちを代えて欲しい事を、話す。
師範はふむと頷いて、にやと人の悪い笑みを浮かべたので、作兵衛は身構えた。
何を言われるか大体予想がつく。
「昔っから言ってた、数馬ちゃんが見つかったって聞いたぞ。」
「・・・言うと思いました!」
そういう作兵衛の顔は真っ赤で、師範はくつくつと笑う。
「土日も、来なくてもいいぞ。」
「え、」
破門? と、作兵衛は赤い顔を青く変えるが、師範は首を横に振った。
「その学校は、大川殿のものだろう。 あそこはここよりももっと本格的に武道が習えるからだ。」
それを聞いて、作兵衛は改めて師範の顔を見た。 年を刻んだ、顔の細かなシワはこの人を怖くも優しくも見せる。
今はひどく優しい笑みを浮かべて、作兵衛を見ていた。
「誰かを守るためには、まず自分を守れなければならない。」
「・・・はい。」
「しっかり守ってやれよ。」
「そう、簡単には守らせてくれない奴です。」
作兵衛が思わずそう漏らせば、笑いが返ってくる。
また顔に熱が集まる。
「それは、ものすごく頑張らないとだな、作兵衛。 中学に上がるまではみっちり鍛えてやるからな。 覚悟しておけ。」
「っ、よろしくお願いします。」
赤い顔のまま、びしっと背筋を伸ばした弟子を見て、師範は満足そうに微笑む。
幼い頃から欠かさずここに通う作兵衛は、彼にとって、孫のようなものだった。
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