「作兵衛さ、室町の事、数馬に話そうとしてる?」
ペットボトルと菓子をぶら下げて藤内が口を開いた。
作兵衛は、やはり自分に話があったのかと藤内を見てから一つ頷いて、口を開いた。
数馬を前にした時のためらい程ではないが、それでも言いづらい。
あの時の事を子細に知っているのは、藤内だけなのだ。
「おれ、数馬に会えなくなって何度も考えたんだ。 ・・・そんで今度会ったら、絶対謝るって決めた。
昨日ようやく会えて・・・。 だからさ。」
「数馬には、いわないでやってよ。」
遮るように言われて、作兵衛は目を見開く。
「なんでだよ! 数馬に、会えたんだ! ずっとずっと会いたくて、数馬は・・・、おれの事もう何とも思ってないかもしんねえけど、言わなきゃおさまんねえよ・・・!」
「それは、作兵衛の自己満足だよね?」
まっすぐに、揺るがない視線をよこされて、作兵衛は思わず言葉に詰まる。
(自己満足・・・?)
言われて、はっとする。
確かにその通りだ。 じわじわと目の縁が熱をもっていく。
全くもってその通りだ。
「作兵衛は、数馬に罪悪感をもっているかもしれない。 謝りたいって気持ちもわからないでもないよ。 あの時の作兵衛本当にバカだと今でも俺思うし。
でもさ、・・・あの時じゃない、今の数馬を見て? 今の作兵衛の気持ちでさ。 そうやって、今の作兵衛の気持ちが定まったらさ、そしたら話せばいいよ。
あの時の気持ちのまま話したって、何も進まないと、俺は思う。」
(今、の?)
ぽかんと、作兵衛は目の前の少年を見た。
浦風藤内。
室町で、同じ学校に通い卒業してからもつきあいのあった、大切な友人の一人。
けれど、今ここに立っているのは昨日会ったばかりの、名前以外殆ど何も知らない奴だ。
数馬に至っては女子になっている。
わからない事なんて、きっとあの頃以上にある。
ああ、確かに。 全く同じと思ってはだめなのだった。
左門や三之助は、生まれた時からこの状態だったから自然と身についていたし、孫兵と出会ったのも8歳の時だ。
室町と今を、意識しなくてもきちんと分けて考える事ができていたのに。
「過保護だって、思うけどさ。 俺は数馬が泣いたり困ったり傷つくの、嫌なんだ。 もう嫌なんだよ。」
桜が、とても綺麗な季節だった。
作兵衛は僅かな間、目を閉じて、何度反芻したかしれない、苦い後悔と焦がれる想いを閉じ込める。
これからだ。
藤内の言うとおり、これからを見なければいけなかった。
それは、少し寂しい気もする。 ・・・室町の事を一度なかった事にするようで。
でも、それができたら、また数馬と笑いあえる気もした。
まず戻って、数馬の焼いたクッキーをいっぱい食べて、たくさんめいいっぱい話をするんだ。
今の数馬と、これからの話を。
そう決めて、目を開ける。
そうしたらようやく、心から嬉しいと、みんなに会えて嬉しいと笑う事ができた。
それを見て藤内も笑う。
「さあ戻ろうか。 みんな待ってる。」
「おう!」
ひらひらと舞う花びらの中、ペットボトルの入ったビニール袋を唄わせて二人は小走りに皆の待つ家へと急いだ。
作兵衛と藤内が出て行ってから、数馬の元気がないと、左門は思った。
ようやくみんながそろったというのに、どうしてだろう。
そして作兵衛も昨日から様子がおかしい。
あんなにーー、あんなに会いたがっていた数馬に会えたにもかかわらず、やたらと身構えている。
左門はちらりと斜め向かいに座っている数馬を見た。
孫兵や、三之助の話に耳を傾けて笑っている。
「左門、お前は数馬になんか言わなくていいの?」
黙ってじっと数馬を見ていたら、三之助に促される。
クッキーは、作兵衛と藤内の分を除けてあるというので、もう食べ始めている。
見る間に消費されていくのを、数馬は少し驚いた目で見ていた。
数馬に聞きたい事と言えばなぜ元気がないかという事だけどそれを聞いていいものか、左門は悩んでうーんと唸った。
唸っていると、玄関が開く音が聞こえて藤内と作兵衛の声が続く。
「あ、帰ってきたね。」
数馬が立ち上がって、2人の元へいく。
その後ろ姿になぜか声をかけたくなって、左門は首を傾げた。
「2人ともお帰り、お疲れ様。」
ふわりと笑って荷物を受け取ろうとする数馬の背中越しに作兵衛と藤内が見える。
作兵衛は出かける前とは、うって変わって明るい表情をしていた。
数馬に荷物を渡さず、藤内の分も受け取ってこちらへとそのまま持ってくる。
藤内と数馬はキッチンへと向かっていった。
「作兵衛、よかったな!」
左門が言うと、作兵衛はびっくりして、それから本当に嬉しそうに笑った。
「作兵衛、数馬のクッキー、マジうまいよ。」
「おう、って殆どねーじゃん!」
悲壮な顔をして作兵衛が呻くのがおかしい。
三之助も孫兵も、ちゃんと数馬が取っておいてくれている事を言わず反応を楽しんでいるから、左門も何も言わずににやにやと笑う。
「作兵衛、手洗ってきなよ。」
藤内がクッキーの乗った皿を片手に居間へと入ってくる。
それを見て、作兵衛が安堵の息を吐いた。
「んだよ、あるんじゃんか!」
「ははっ 作兵衛、超必死!」
「全部食べちゃうの見越して、数馬とっといてくれたんだぞ!」
藤内に続いて、氷を入れたコップを持ってきた数馬がふふ、と笑う。
「ほら、手洗わないと食べさせないよ。」
それを聞いて、作兵衛は急いで手を洗いに行った。
その様子を見てみんなが笑う。
これで、数馬が元気ならいいんだけどな、と思いながら、左門は冷えていないペットボトルをグラスに注いだ。
next
もどる