数馬はごくりと息を飲む。
風はおあつらえ向きに生暖かく、空はどんより鈍色をしていた。
「せっかく昼に来たのにねえ。」
「雰囲気満点だな!」
6人並んだ右端で、左門と孫兵が和やかに会話をする。
「なんっか、これ、オレら入って呪われないか?」
「そしたらみんなでお祓いにいけばいいよ。 寺も神社も近くにあるんだし。」
三之助と藤内ものんきな口調で、数馬の左隣に並んでいる。
右隣にいる作兵衛は、数馬の顔色を心配そうに伺った。
「やっぱ、外で待ってるか? なんなら家にいても、店に入っててもいいぞ。 おれらで見てくっから。」
その言葉に、数馬ははっとして、首をぶるぶる大袈裟に振る。
「だめ。 ぼくが確かめてこなきゃ。 約束したんだから。」
数馬が真っ青な顔で、それでも決意を込めて見た先にあるのは、一件の、空き家だった。
事の起こりは三日前。
数馬と仲のいい少女がもらしたため息だった。
最近元気ないね、と言う数馬の言葉に苦笑した少女は、笑ってくれていいよと言って、ため息の理由を話した。
途中、顔を青ざめさせた数馬に、そういえば数馬はこの手の話がダメだったと気づいた少女はごめんと笑う。
その笑顔が優しくて、悩んでるくせに優しくて、数馬はぐっと決意を眼差しに込めた。
怖いなんて、言ってられない。
心優しい友人のために、数馬は宣言した。
お化け屋敷の真相を確かめると。
「数馬怖がりなのに、よくそんなこと言えたね。」
「意外に男らしいっつーか、無謀って言うか。」
「だって、その子、帰りがただでさえ遅いのに、遠回りして帰ってるんだよ。 ぼくが送るよっていっても、それじゃぼくが危ないからって、言うし。」
「なんだっけ、空き家のはずなのに、ぼそぼそと声が聞こえたり、物音が聞こえたりするんだっけ?」
「なんか、それって誰か侵入してるんじゃない?」
「…やっぱり数馬、危ねえから、」
「待ってないよ。 一緒に行く。」
青ざめた顔でやけにきっぱり言う数馬は考えを覆す気はないようだった。
ため息をついたのは、数馬の両隣の藤内と作兵衛の二人だけで左門、三之助、孫兵はどこか楽しげに空き家――もう屋敷と呼んでも良さそうだ――を眺めている。
「なんか、昔を思い出すな。」
無邪気に笑って左門は言い、屋敷の裏手の塀に手をかける。
「おー、人馬したくなるな。」
「こんな低い塀、必要ないでしょ。」
三之助に孫兵が返している間に、左門はもう塀を乗り越え、敷地内へ着地した。
その途端、一際強い風がふいたので、数馬の肩がびくりと揺れる。
なんでもないただの風だ。 数馬は気持ちを落ち着けるために大きく息を吐いて、吸う。
顔をあげれば、既に三之助、藤内、孫兵も、向こう側へ移動している。
「ほら、」
声をかけられて塀の上を見れば、作兵衛が手を数馬へと差しだしていた。
掴まれという意思表示なのはすぐにわかったけれど、数馬はその手を取るか躊躇う。
ぼくだって、これくらい登れる、と言いたかったけれど、数馬はそれを飲み込んで作兵衛の手を取る事にした。
不気味に思える屋敷と、どんよりとした空の色、湿った風が、そうさせたのかもしれないと数馬は胸の内でいいわけをする。
作兵衛の体温は確かに数馬を安心させてくれた。
屋敷の窓は立て付けが悪かったが、なんとか開いてくれる。
結構な音がしたはずだが誰も見に来る様子はない。 お化け、というのは、この辺りでは相当な噂になっているのかもしれなかった。
「数馬平気かー?」
藤内が数馬の顔を伺ってくる。 平気だよ、と苦笑する顔はやはり幾分こわばっていて藤内も苦笑した。
数馬はこうと決めてしまったら、それを覆さない頑固さがある。 それも善し悪しだよなあと呆れ半分に藤内は思う。
窓から屋敷の中へ入れば、暗くほこりっぽい。
今のところ、自分達以外のところから物音は聞こえない。
「おー、広いなあ。」
「それにしても、僕たち忍ぶ気ないね。」
「お化け相手に忍んでも意味ないからな!」
からからと左門が答えれば、作兵衛がその頭をはたく。
「それにしたって少し静かにしようぜ。 近所の人に来られて困るのはオレらだし。」
「中にいるのがお化けとも限らないしね、ほら、行こう。」
ぽん、と藤内は数馬の背をたたく。
こくりと頷いた数馬は、前を見据えた。
あまりの広さに、左門と藤内と孫兵は二階を、三之助と数馬と作兵衛は一階を回る事に決めて、片っ端から扉を開いていく。
三之助を真ん中にして作兵衛と数馬が手を繋いで歩くのは、三之助の方向音痴を考えれば当然の事だった。 しかし。
「これ、オレ、お邪魔じゃねえ…?」
ぽつりと呟いた声は、数馬にも作兵衛にも聞こえる。
「あのね、三之助を野放しにしたら、はぐれるの目に見えてるじゃないか。」
「その通りだ。 真ん中しかあり得ねえだろお前はよ。 あほな事言ってないで、ほら、次行くぞ。」
そうは言っても、と三之助はひとりごちる。
作兵衛が扉を開く度に、数馬の肩が揺れるのが繋いだ手から伝わる。 そして、ぎゅっと握られるのだけれど、それを握りかえして安心させてやるのは作兵衛の役目だろうから、三之助はそうしなかった。
それも、いいかげん心苦しいし、居心地が悪い。
ああもう! と、三之助が叫び出しそうになった時だった。
作兵衛が、新しく開けた部屋を見て、お、と声を上げる。
その部屋は今まで見てきた埃の積もった様とはまるで違っていて、小綺麗に掃除されているようだった。
置かれている小物にも、埃は見あたらない。
「これは、人間の可能性が高まったな。」
作兵衛が言うと、数馬がほっとした表情を見せる。
「まあそれはそれで、危ねえけど。 得体の知れないもん相手するよかいいだろ。」
「や、わかんないよ? いいかげん掃除しなきゃって思ったお化けかもしれないじゃん。」
三之助が軽口をたたいた時だった。
二階の方から、微かな物音が聞こえたのだ。 何かが床にぶつかる音。
そして、悲鳴。
「い、今。」
「聞こえた、よな?」
「上の奴らに何かあった!?」
ば、と、三之助は数馬と作兵衛の手をすり抜け、今入ってきた扉を飛び出ていく。
「おい、三之助!」
作兵衛が慌てて、その背中を追い始める。
階段はそっちじゃねえ!と叫べば、三之助が、ぴたりと足を止めた。
ほっとした作兵衛は、こっちだ、と来た方を振り返る。
その瞬間青ざめた。
「作兵衛、数馬は?」
自分の横に並んだ三之助に、作兵衛は答える事ができない。 確かに一緒に部屋を出て、三之助を追っていたのだ。
だから振り返ればいると、疑っていなかった。 しかし、数馬はいない。
冷たいものが、体の中を駆け巡る。
もし、この屋敷にいるのが、危ない奴だったらどうする。
数馬に何かあったらどうする。
「作兵衛!」
バン、と大きな音が響いた。 三之助が作兵衛の背中をたたいたのだ。
ひりひりと痛む背中に、作兵衛は三之助を見る。
「しっかりしろ、作兵衛。 そんな時間は経ってないし、平気だろ。 どこか床が腐っててはまってんのかもしれない。 とりあえず、作兵衛は元の部屋に戻れ。」
「おれはって・・・、お、お前はどうすんだ。」
「上に行く。 階段、どこ?」
そんな三之助に、作兵衛は、一度二度、息を整える。
落ち着け、と、目を瞑り胸の内で唱えて、三之助の腕を引き、元の道をたどる。 そもそも階段はあの部屋の角を折れた先にあるのだ。
どうか、道の途中に数馬がいてくれますようにと、冷たく騒ぐ鼓動のまま、作兵衛は駆けだした。
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