1.
富松作兵衛くんは、おとなりのクラスの男の子。
通称、迷子の保護者。
一年生の頃、もう今となっては謝るしかできないのだけど、彼を怖い人だと思ってた。
いつも聞こえてくるのは怒鳴り声だし、笑う時の声だって、何だか大きくて。
だけど、違った。
ぼくは、あんなに優しい人を、他に知らない。


ほわりと、花びらが風に舞ったのを見て、ああ、まだ花びら残ってたんだなあって思う。
今年の桜は、散った後も何だか綺麗だ。
緑の葉と桜しべ、薄桃の絨毯。 うん。 綺麗。
目を細めて、その景色を廊下の窓から眺めていると、三反田、と呼ばれる。
たったそれだけで誰の声かわかってしまって、何だか苦笑してしまう。
「富松くん。」
「桜、見てるとまた穴にはまるぞ。」
「うっ、・・・ここは廊下だから穴なんてありません。 よって落ちません。」
頬の赤みに気づかれていないかドキドキする。 ぼくの言葉に、どうだか、と楽しそうに笑う富松くんは何も気づいていないようで、ほっとする反面、少し寂しくなる。
こうして意識してしまうのは、ぼくだけのようだ。
「もう、足、いいのか?」
「うん。 少しひねっただけだから。 あの時助けてくれてありがとう。」
「いいって、もう。」
照れたのか、そっぽを向く様子がかわいくて、ふふ、と笑いが零れる。
あれは、新学期はじめの日。 久々の学校は桜がとても綺麗に咲いていて、校舎裏手の少し、山のようになっている所へぼくは入り込んで、咲き誇る桜を見上げていた。
その時、なぜか掘られていた落とし穴に、落ちたのだ。
人気のない場所で穴に落ちて、なおかつ携帯は教室の鞄の中。
おろしたての制服は泥だらけだし、なにより左足をひどく打ち付けたようで、ずきずきと主張してくる。
それでもなんとか這い上がろうと奮闘している所に、迷子を捜している富松くんが来てくれた。
見捨てもせず、話した事もない女子のために梯子を持ってきてくれて、背負ってくれて、しかも保健室まで連れて行ってくれた。
どれだけの人がそこまで親切にしてくれるだろう。
富松くんの保護者の名は、伊達じゃなかったわけだ。
お礼をするために富松くんを捜し回った翌日、やっと見つけた彼が、実はひどく寂しがりな一面を持っていると気づいてしまった。
迷子達を探すのは、きっと彼自身のためでもあるんだろう。
優しくて、力持ちで、寂しがりな富松くんが、ぼくは気になって仕方ない。
そんな彼が、自分を見つけて話しかけてくれた事がとても嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。
こんな顔に出していたら気づかれるかなあとも思うけれど、幸い富松くんは疎いようだった。
「富松くんは移動教室?」
「おう。 音楽だ。」
ほら、と、教科書を見せられる。
ぼくも同じクラスだったらなあ。 富松くんをもっと見ていられるのに。
そんな事を考えている事に気づいて、思わず赤面する。
まだ、こうして話をするようになって1ヶ月と経っていないのに、こんなに気になってしまうだなんて。
これから先、もっと彼を知っていったらどうなっちゃうんだろう、もっともっと、胸が苦しくなりそうだ。
「三反田、お前不運なんだから、いろいろ気をつけろよ。」
ぼうっとしてねえでさ、と、笑って富松くんは音楽室に向かっていった。
その背中を見ながら、ああ、好きだな、なんて思うぼくは、どうしたら彼にもっと近づけるのかなと、頭を悩ませている。


ああ、だからって神様・・・・・・
ぼくはこんな事、望んでたわけじゃないんです!!
閉ざされたドアノブを握った富松くんを見て、ぼくは叫び出したいのを必死で堪えた。
社会科準備室に、教材を取りに来たときの事だった。





2.
三反田数馬は、何だかとても不運な奴だ。
始めに会ったときなど、落とし穴にはまっていた。
あんな、泥だらけで、足を真っ赤に腫らして、それでもなんとか這い上がろうとしていたらしい。
泣き言一つ口にせず、そうしたあいつが、今、気になって仕方ない。


「作兵衛は、三反田が気になるようだな!」
放課後、各々の委員会が終わった帰り道で、左門が事もあろうにはきはきと言いやがった。
「、だからそれは、いつ、不運に遭うかわからねえからだな、なんか見かけると不安になっちまうってだけで。」
言い訳のように聞こえてしまうのは何でだ。 現に左門はにやにやとしている。
「いいじゃないか。 春爛漫で。」
「だから! 違えっての!!」
顔に熱が集まるのはしなれない会話内容のせいだ。 けれど左門には、おれが図星を付かれたせいだと思ったらしい。
左門は一緒におれをからかおうと、なあ、三之助、となぜか会話に加わってこない三之助に声をかけた。
話を振られた三之助は、でもよ、とのんびりと口にする。
「三反田って、浦風と付き合ってるよな?」
「ああ、言われてみれば、仲いいよな、あのふたり!」
ふむ、と頷く左門の声が思いのほか遠くに聞こえた。
「作兵衛?」
「・・・あれ、三反田の事、本気だった?」
三之助が気まずそうに聞いてくる。
本気も何も、まだ知り合ったばかりだ。 まだ、何も知らねえで、なんで本気になれるよ。
「別に、そんなんじゃねえ。 うら、帰るぞ!」
言って、前を歩けば、左門と三之助がついてくる。
胸が痛いのは、気のせいだと思いたかった。


あれから何日か経った今日、
昼休みに、廊下から教室に向かって、手招きをされた。
そうやっておれを呼んだ三反田の手には、なぜだか弁当箱がのっている。
「・・・? なんだ?」
「えと、今日調理実習でお弁当作ったんだけど、 ぼく、調理実習の内容忘れてて、持って来ちゃったんだよねえ・・・。 このままだと余っちゃうから、もらってくれないかな。 放課後、お腹空くって、言ってたし・・・。」
だめかな、とおずおずと見上げてくる三反田はかわいい。
受け取ってしまえたらいいのに、と、どこか妬けつく思いで口を開いた。
「浦風にはやんねーの?」
「藤内? 藤内は委員会でお菓子食べるから、お腹空かないと思うよ。」
きょとん、と、首を傾げる様に、何だか苛立ちを感じる。 浦風と付き合ってんじゃねえのかよ、他の男にこんな、気を持たせるような事して、惚れられるとは思わねえのかよ。
黙ってしまったおれに、三反田はやっぱりいらないよね、と、寂しそうに笑った。
「い、いらねえとは言ってねえだろ。」
思わず口をついて出た言葉に、自分で驚く。
「もらって、くれるの?」
同じく驚いた表情の三反田に、胸が騒いで、それでも手を差しだした。 そっと弁当箱がのせられる。
「洗わないで、いいからね。」
ふわりと嬉しそうな笑顔に観念するしかなかった。
・・・横恋慕なんざごめんだってのに!



突然、湧き出た感情にどうしていいかわからない。
わかっている事は、どうしたって、この思いは報われないという事だけだった。
だから、隣に座って困ったように微笑む三反田に、叫びだしたい気持ちを必死で、抑えている。
社会科準備室に、教材を返しに来た所だった。


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